4.大人と子供の境界線(シャノン編)
今日は朝からママが大張り切りでケーキを焼いていて。弟のクラウドやユフィもケーキはいまかいまかとキッチンで待ちわびている中、パパまでケーキ作りに駆り出されていた。
───そう、今日は私の誕生日。
今日でやっと、ずっと待ち焦がれていた念願の5歳になる。姿形はまだまだ子供でも、気持ちだけはすっかり大人になった気分だ。
だけど嬉しいはずなのに、なんだか少しだけ気持ちが沈んでしまうのは……、昨日の陛下の事が頭を過るから。
あれからお城に戻る夕暮れの頃には、陛下はもう南国の花束を手には持っていなかった。
陛下に直接聞いたわけではないけれど、誰かに渡したのかもしれないと思うと、とてもじゃないけど声は掛けられなくて。
「ほらほらシャノンちゃん!席に座って座って」
ぼんやりと昨日の事を思い出しながらソファに座る私を、ママが自分の席へと促す。
トボトボと自分の席まで向かうと、私の席に置かれたボワの実でデコレーションされたケーキが見えて、ふわりと甘い香りが鼻を掠めた。
すると途端に、さっきまでの沈んだ気持ちが一気に浮上してくるのが分かる。
「わぁぁ……!可愛い!ママ、パパ、ありがとう……!!」
私の喜びように、二人だけでなくクラウドやユフィもニッコリ笑ってみんな席に着く。
「シャノンちゃん、お誕生日おめでとう!」
照れ笑いを浮かべる私に、みんな次々とお祝いの言葉をくれる。
やっぱり、どんなにショックな出来事があったって、家族と一緒にいたらそれも吹き飛んでしまう。
笑顔のみんなを見回して、家族って本当に温かいなぁって改めて思った。
まだ5歳になったばかりだけれど、来年には立派に成人出来る歳になったのが嬉しくて、朝一番で陛下に会いに行こう、と鏡で姿をチェックする。
まだまだ小さいままの身長や、手に足。
だけど───私も今日から5歳だ。
胸を張って陛下に会いに行こう!と元気よく玄関から玉座の間へと飛び出した。
だけど陛下は既に出掛けていたようで、居室には誰もいなかったので私は慌ててお城の外に出る。
と、────……あ。
陛下の姿を見つけて胸が高鳴ったのも一瞬で、すぐに陛下が知らない女性と出掛けている姿が目に入り、ドキリと心臓が嫌な跳ね方をして声を掛ける事さえ出来ない。
そうしているうちに、陛下と女の人が楽しそうに城の船着場へと向かって歩いて行く。
その後ろ姿をただジッと見つめていると、ママが背中をそっと押してくれた。
「シャノンちゃん、ファイトっ」
ママがニッコリ笑って言った。
そのママの言葉に、少しだけ勇気が湧いてくる。
───……うん、そうだっ。
陛下を想う気持ちは誰にも負けない自信がある。
こんなところで負けてなんていられない!
立ち止まっていた分も急がなきゃ、と私は急いで陛下達が向かった方へと歩みを進めた。
***
どっちかな、あっちかな……?
と、エルネア波止場を抜けてウロウロしていると、カルネ皇帝の橋の近くでフランツ君がこちらに向かって歩いてくるのが見えた。
私は勢いよく「おーい!」と呼び止める。
「あれ、シャノンさん?どうしたの?」
「フランツ君!陛下を見なかった?」
「陛下?ああ、陛下なら、」
そうフランツ君が言葉を続けようとしていると、彼の背後から魔銃兵のお姉さん達がガヤガヤとお喋りしながら近付いて来た。
「あら、フランツ〜、女の子いじめちゃダメよ〜?」
「あれ?あの子近衛騎士隊長の娘さんじゃない?」
「やだ本当っ!フランツ!アンタ手出したら隊長にコテンパンにのされるわよ〜?あはは!」
お姉さん達は「でさー、この間のダイゾーさんの試合見た!?」とすぐに話題を切り替え、キャッキャッと楽しそうに話しながら隣を通り過ぎて行く。
「……ゴメン、今のみんな僕のご近所さんなんだ。陛下なら、旧市街の川辺でさっき見かけたよ」
フランツ君が少し気まずそうに苦笑いを浮かべたのを見て、ハッとして首を振る。
「あ、……う、ううん!こっちこそゴメン!私のせいで変な誤解までされちゃって……本当ゴメン!」
恥ずかしい、悲しい、悔しい、申し訳ない。
そのどれもの感情がグルグルと私の中で渦巻いて、フランツ君に勢いよく頭を下げてから逃げるようにその場を去った。
───“女の子”───。
やっぱり今の私は、誰がどう見ても、小さい“女の子”。
年齢でいったら、成人の人と変わらない年齢になったはずなのに、それでも。
カルネ皇帝の橋を渡りながら、川の方にチラリと視線を向ける。欄干の窪みに建てられた少し壊れた石像が目に入り、今よりもっと小さかった頃の自分は、この石像が怖くてこの橋を渡れなかった事を思い出す。
でも、今は全然怖くはなくて。
それも立派な成長の一つで、少しずつだけれど私も確かに大人に近付いてはいるはずなのに。
そんな事を悶々と考えながらキャラバン商店の近くまで来ると、やっと陛下の姿を見つけた。
そしてその向かい側にいるのは……───ティルアさんだ。
ティルアさんは去年成人してすぐに奏女へと転職した、とっても優しいお姉さんだ。
何を、話しているんだろう……?
とても楽しそうに話す二人の間には、とてもじゃないけど入り込めなくて。
酷くモヤモヤする気持ちを抱えたまま、私は陛下達に背を向けてお城へと一目散に駆け出した。
***
私の誕生日は国民の休日の日で。
だから今日は、学校もない。
お城に戻って、思わずベッドに不貞寝する。
休日でみんな出払っているお城の中は、とっても静かだ。
こんなに静かだと、嫌な事ばかりが頭に浮かんでしまって泣きそうになる。
実は陛下がティルアさんと一緒にいるのを見かけたのは、これが初めてじゃない。
陛下が他の誰といるよりも、ここまでモヤモヤしてしまうのはそれが原因だ。
……陛下はティルアさんの事が、好きなのかな?
おっとりした金髪美女のティルアさんと、普段はキリッとした表情の陛下は、二人並んでいるととってもお似合いだ。
だけど想像するだけでも胸がキリリと痛んで、必死にその想像を頭の中から掻き消しては、枕に顔を埋める。
すると静かなはずのお城の中に、微かにだけどブーツのコツコツという足音が聞こえてきて、私はガバッとベッドから起き上がった。
……きっと陛下だ!!
急いで玄関からそっと玉座の間を覗くと、やっぱり陛下の姿が見えて嬉しくなる。
でも、心なしか陛下が嬉しそうな雰囲気で歩く足取りを見て、一気に不安が押し寄せて来る。
慌てて陛下の居室をノックして、返事を聞く前に中に飛び込んでしまった。
「へ、陛下っ!」
「……!ビックリしたー、シャノンさんか。そんなに慌ててどうしたの?」
キッチンに向かっていたのか、一瞬驚いた表情を見せた陛下だったけれど、すぐにニッコリ微笑んで私の方へと近付いて来る。
「……っ」
陛下は他の女性の時には一定の距離を保っているけれど、私の時は平気で近付いて来る。
それって───、特別親しいからというわけではなくて、単に私が“小さい女の子”だからだ。
それが悔しくて、どう伝えれば私もティルアさん達のように接して貰えるのか、焦っては余計な言葉が口をつく。
「へ、陛下は、よくたくさんの女の人達とお出掛けしてるよねっ」
「……んー、そうかな?」
「わ、私だって、もう5歳だもん!お友達と、森の小道だって入れるし、深い森の近くにだって行った事あるんだよ!だ、だから、」
「……」
「だから、」
陛下の言葉が………私の心に刃のように突き刺さる。
今日、5歳になったのに。成人出来る歳になったのに。やっぱり子供は子供のままで。
それは勿論、陛下にとってもそうで。
悔しくて、悲しくて。
ポトリ──、と一雫の涙が頬を伝った。
「……もう、いい」
私は自分に言い聞かせるように小さく呟いて、陛下の顔も見ずに居室を飛び出した。