12.初デート(シャノン編)
……あの後、クスクス笑い続ける陛下に抗議の目を向けてみる、も───。
小首を傾げながら「もしかして足りなかった?」と、目を細め妖艶な瞳の陛下が顎に手を添えてきたので、ソファーから慌てて立ち上がった。
恥ずかしさに逃げるように「失礼しますっ」と居室を後にしようとすると、陛下にヒョイッと軽く手首を掴まれた。
驚いて振り返ると、陛下は私の手を持ち上げ指にキスを落としながら、チラリとこちらを見てふわりと微笑む。
「……明日、デートしようか」
陛下のその言葉が嬉しくて、自分の手を手繰り寄せるように思わず近くに寄り「はいっ!」と大きく頷くと、一瞬驚いた表情をした陛下が思い切り破顔した。
***
───翌朝。
陛下とのデートの約束が嬉しくて昨夜中々寝付けなかった私は、珍しく寝坊していたようで誰かに身体を揺さぶられた。
その声に、陛下に起こされる夢まで見るなんて今日はラッキーだなぁなんて、つい目を閉じたままニヤケてしまう。
もう少しこのまま夢の続きが見たいとゴロリと寝返りを打ち、多分起こしてくれているのはママだろうと思いボソリと呟く。
するとふわりと前髪を撫でられて、その気持ち良さにうっとりとしながら微笑むと、更に優しく髪を撫でられた。
その温かな手に、ママだと分かっていても夢のせいかなんだかドキドキする。
ゆっくりと離れていく手に、もう少しだけ……そう思って目を開けようとすると、玄関の方からママの素っ頓狂な声が耳に響いてきた。
「あら?やだ陛下じゃないっ!もしかしてあの子まだ寝て……!?」
「いや、いいんだ。また来るよ」
ついで、陛下の優しい声も聞こえてきて、私は一気にガバリと身体を起こした。
え、えっ!?嘘……っ!!
さっきの起こしてくれていた声は、本当に陛下だったの!?
思い切り寝坊した上に、寝顔を見られた恥ずかしさでジワリと顔に熱が集まる。
陛下に撫でられた前髪を上から押さえつつ、あの優しい温かな手を思い出して胸がキュンと疼く。
すると思わず昨日の光景も一緒に思い出されて、ブワッと顔がユデダコのように真っ赤に染まる。
今更なのもおかしいけれど、じんわりと心が嬉しさで満たされていく。
───……私、本当に陛下と両想いになれたんだ。
ずっと、ずっと……恋い焦がれていた初恋の人。
いつも彼の後ろばかりを追いかけていた。
陛下の目に映って、陛下の声で名前を呼ばれて、陛下の手で触れて欲しくて。
あの頃、誰よりも彼の側に居たいと願った。
それが今、現実になりつつあるわけで。
そう思ったら、途端に陛下に会いたくなった。
サッと身支度を整えて、「朝ごはんは!?」と叫びながら呼び止めるママに「あとで!」と返事をしつつお城を飛び出した。
転移石さえ使っていなければ、まだ近くに居るはず。
そう思い慌てて走っていると、城門前通りに差し掛かった所で丁度陛下の後ろ姿を見つけた。
「ワ、ワイアットさん……っ!」
まだ呼びなれなくて、声が少し震える。私の呼ぶ声に、少し驚いた表情で陛下がゆっくり振り返った。
その陛下の立ち姿を見ているだけで、胸がキュウッと疼く。この人は、私のものなのだとみんなに知らしめて、独占したくて、今すぐ抱きつきたくて。
だけどギリギリのところで恥ずかしさが勝って踏みとどまる。
すると陛下が「おはよう」とクスリと笑ったので、ジワリと染まる頬を隠すように、少しだけ俯いて挨拶を返して必死に言葉を紡ぐ。
「あ、あの、今日……、」
そう言って、陛下がふわりと優しく笑うから。
現実を噛みしめるように、思わず嬉しさで涙が溢れそうになった。
***
それから近衛騎士の人と北の森の巡回に行くという陛下を見送って、テルジェフ家の農地に来た。
もうすぐギート麦の収穫日だ。
この国では麦が主流で、国民総出で種まきをし、収穫もする。大事な主食になるからだ。
ギート麦に水を撒きながら、空いている農地に種もまく。少しでも陛下の、この国の手伝いになるように。
少しひと休みしようかなと思ったところで、妹のユフィがやって来た。
ユフィはいまだにミアラさんの水槽に珍しい魚を入れる事を諦めていないらしく、将来は絶対に農場管理官!といつも嬉しそうに話してくれる。
そんな妹を微笑ましく見つつも、私は陛下のお嫁さんが夢だったなぁなんてぼんやり思う。
ユフィと魚釣りを終えてから、そろそろ時間かな、とソワソワしつつも街門広場にやって来た。
ここは恋人達の待ち合わせ場所。私もこうやって陛下をここで待てる日が来るなんてまだ夢みたいで、なんだか落ち着かなくて近くのベンチに腰掛けた。
陛下に早く来て欲しいような、でも気恥ずかしいような、落ち着かない気持ちでソワソワしていると、遠くに陛下の姿が見えてドキリと心臓が跳ねた。
どんなに遠くにいても、すぐに見つけてしまう。
ジワジワと陛下と待ち合わせているのが自分だという実感が湧いて来て、嬉しさでジッとしていられなくて陛下に駆け寄った。
駆け寄って声を掛けた私に、陛下は優しくどこに行きたいのか聞いてくれる。
そんな些細な事も嬉しくて。
だって今日は。
───……初恋の人と、初デート───。
そう、私を見て微笑む陛下に私も微笑み返す。
初デートは……絶対にここが良いと決めていた。
……私が初めて、陛下に花束を貰った場所だから。
あの花束は今でも、私の部屋に飾ってある。そんな事を思いながら隣の陛下をふと見上げた。
すると少し視線を伏せていた陛下がふと私の視線に気付いて、チラリと流し目でこちらに視線を向ける。
その仕草があまりにも色っぽくて、ドキリと鼓動が大きく跳ねるものだから、思わず視線を逸らして慌てて前を向いた。
だけど前を向きつつも、ドキドキと隣の陛下が気になってそちらに意識を集中させていると、クククッと隣から小さな笑い声が聞こえてくる。
ハッとしてもう一度陛下を見上げると、優しく目を細めた陛下と視線が絡む。
すると陛下は、私の頭をポンポンと優しく撫でるとそっと顔を覗き込んできた。
「……すまない。悪気はないのだが、シャノンさんの反応がつい可愛くて」
「……!」
その言葉で瞬時に顔が真っ赤に染まった私は、なんだか悔しくて、頬を思い切り膨らませながらプイッと顔を逸らす。
……こんな事をするから、いつまでも子供だと思われるのだ。
だけど今更引くに引けなくて少し眉尻を下げていると、陛下が私の顔を覗き込みながら少年のように屈託無く笑った。
その笑みに引き摺られるように、私も自ずと笑顔になる。二人で向かい合って、何の気なしに笑い合った。
こうして一緒にいるだけで、不思議と心が満たされていく。それが心地いいな、と思った。
すると陛下が、ふと空を見上げて目を閉じた。
その陛下の言葉がなんだか無性に切なくて、私は陛下の服の裾をそっと握る。
いつまでも、いつまでも───。
陛下の側にいられるのは、私でありたい。
自ずと服を握る手に力が入ると、陛下がふわりとその手を覆うように上から握ってくれる。
本当に、どこまでも───どこまでも、優しい人。
この優しい人と、この先何年だって一緒にいたい。
そっと服を離して、陛下の手を握り返す。
この手に勇気を貰えた気がして、私は陛下を見上げて言葉を紡ぐ。
「……言い伝えじゃなくて、二人で……幸せになって行きましょう……?」
私の言葉に、一瞬陛下は目を見開いたけれど、すぐに目を細めてふわりと笑った。
「……そうだね。二人でもっとずっと、幸せになって行こう」
そう言って、陛下は繋いだ手を持ち上げて破顔した。