アキユウの独り言 blog

エルネア王国の初期国民の妄想、ネタバレ等多分に含まれますのでご注意ください。

4.星の日と異国のお客様(ウィルマリア編)

───あれから数日が過ぎて、

 

あたしは見事に、…………レノックスを避けている。

二人が親密そうに話している姿を見たくないのが一番の理由だけれど、何より、これ以上レノックスに近付いて諦められなくなるのが怖いからだ。

 

友達と遊んで夕刻を過ぎた帰り道、ふと顔を上げると前方に見たくない人の姿を見かけてドキリと心臓が跳ねた。

 

───……違う、嘘。

 

本当は、会いたくて、会いたくて……堪らなかった人。

いまだに彼の姿を見るだけで、胸がギュッと苦しくなるけれど、同時にドキドキも止まらなくなる。

 

思わず逃げ出したい衝動に駆られたけれど、なんとなく逃げ出すのも悔しくて、あたしはレノックスの方を見ないように堂々と隣をすれ違う事にした。

────大丈夫。

彼から話しかけてくる事なんて、今まで一度もなかったのだ。あたしから会いに行かなければ、ここ数日姿を見ることさえなかった彼が、あたしを見る事なんて、まず、無い。

 

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そう腹を括って無言で隣を通り過ぎる。

だけど無意識に、チラリと横目で視線を彼の方へと向けてしまい、そしてその視線が絡んだ事に驚いた。

────目が、合っただけなのに。

全身がブワリと熱くなってあたしは思わず駆け出した。その瞬間レノックスの口から何か言葉が紡がれていたように思うけれど、聞く余裕もなくてあたしは夢中で城まで駆けた。

 

 

 

***

 

昨日はあれから心臓がバクバク言い過ぎて、中々寝付けなかった。

けれど朝からなんだかワクワクしている父ちゃんを見て、気分を切り替える。


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あたしの父ちゃんはロマンチストだから、イベント事が大好きだ。と、言っても、仰々しい祝賀会とかじゃなくて、楽しいイベントオンリーだけれど。

そういった面では間違いなく父ちゃんの血を引いているあたしも、楽しいイベントは大好きなのだ。

 

学校でも明日の星の日の話題で持ち切りで、ルシオなんてまだ前日なのに既にお面を付けていて、つい笑ってしまった。

 

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ラダのフン、と聞いて一瞬あたしも混ぜちゃおうかな、なんて悪戯心に思ったのは誰にも内緒だけれど。

 

その後学校の帰り道、友達に誘われてキノコ狩りに行くとラザールの姿が目に入った。

なんとなく、あの香水を貰った日からラザールの姿を見かけると少しだけソワソワとしてしまう。

だけど同時にレノックスの姿も見えて、あたしは慌ててラザールの元へと駆け寄った。

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ラザールと話しているはずなのに、どうしても近くにいるレノックスが気になってしょうがない。

しばらくするとレノックスがこの場から去って行く後ろ姿が見えて、チクリと痛む胸と比例するようにあたしはスカートの裾をぎゅっと握りしめていた。

そんなあたしを見て、ラザールはふわりと笑いあたしの頭を優しく撫でる。

 

「無理するのは殿下らしくないなぁ」

「……」

 

ラザールの言葉に思わず黙り込んで俯いてしまったけれど、なんだか恥ずかしいやら悔しいやらであたしはツンと澄ました顔でラザールから顔を逸らした。

 

「無理なんて……してないし!ラザールは早く女の子の一人でも幸運の塔に連れ出したらどうなの!?」

「ははっ、そうだねー」

 

全然真剣みを感じないラザールの返事に、思わず脱力してしまうけれど、なんだかんだで彼の笑顔にあたしはいつも絆される。

ラザールの存在は、まるであたしの精神安定剤みたいだなぁなんて勝手に思いつつも自然と笑みが溢れていた。

 

 

***

 

翌朝、星の日当日はあたし自身もワクワクしていたけれど、あたしよりも父ちゃんと母ちゃんの方がお菓子を出したりまたカバンにしまったりをソワソワ繰り返しているのを遠目に見て、なんだか可笑しくて口元が緩む。

きっと、昨夜から二人でコソコソとキッチンで何かしていたので、今日のお菓子を作っていたんだろうなと思い話しかけると、f:id:akiyunohitorigoto:20190630133422j:image
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二人していそいそと同じお菓子を満面の笑みで差し出してきたので、いつまでも仲の良い両親に嬉しくて、あたしは仮面の下で思わずニヤけてしまった。

 

今日は子どもはみんな仮面を付けているので、パッと見では誰が誰か分からない。

あたしもいそいそと昨日ルシオ達と作った泥団子をカバンから取り出すと、城下通りの方へと駆け出した。

うん。別に、そう。仮面を付けているからって、誰か分からないからって、レノックスに会いに行こうなんて思ってない。思ってないけれど、足は勝手にレノックスの家の方へと向かってしまう。

あたしだってバレないから大丈夫、と思ってもやっぱりドキドキしてくる。頬が赤く染まっているだろう顔も、仮面のお陰で今は見えない。

だったらやっぱり会いに行こう!と、心に素直に従ってレノックスの家へと向かうと、丁度恋人のベティに連れられて楽しそうにレノックスが城下D区から出て来たところだった。

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あまりにも急な出来事に一瞬呆気に取られて黙って二人を見送ってしまったけれど、胸の痛みと同時に、黙って二人を見送る事しか出来なかった自分に、なんだか無性にムカムカしてきて二人の後を急いで追いかけた。

 

……そうよ!   あたしがウジウジ黙って見ているだけなんて、こんなの性に合わないんだから!!

 

こうなったら、もうヤケだ。意地でも会いに行って、お菓子くれなきゃ絶対泥団子ぶつけてやる!と、半ば八つ当たり気味に勢いつけてそのまま追い掛けるとすぐに二人に追い付いた。

二人は釣りに来たようで、ベティと釣りをしようとしているレノックスの服の裾をグイッと引っ張り、緊張で少し上擦った声で声を掛ける。

 

「レ、レノックス!我はエナさまであるぞ!捧げ物、わ、わた、渡しなさいよっ」

 

勢いつけ過ぎて変な言い回しになっていることにも気付かず、あたしはレノックスに向かって必死に両手を差し出した。

すると、こちらを振り返り一瞬驚いたように目を見開いた彼だったけれど、すぐに嬉しそうにふわりと笑うとカバンからお菓子を取り出し差し出してきた。

 

「はい、どうぞ。これからもこの国をお守りください、……殿下」

 

最後の方は声が小さくて上手く聞き取れなかったけれど、レノックスからお菓子が貰えたことに嬉しさと複雑な想いとが絡まって、つい俯きそうになって必死に言葉を紡いだ。

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そう言って彼は、あたしの頭をふわりと撫でた。

その優しい温かな手に、目頭がブワリと熱くなる。

 

……泥団子、ぶつけてやろうと思ってたのに。

 

レノックスへの好きが溢れてきて目尻から涙が溢れそうになる。悔しいけれど、やっぱりあたしはまだ……レノックスが好きだ。

どんなに想っても今は想いを伝える事も出来ないし、悔しいけれどこの恋は……失恋だと分かりきっている恋だ。

 

あたしを見てふわりと優しく微笑むレノックスを、久しぶりに面と向かってジッと見つめる。

 

仮面……被っていて良かった。

これならレノックスに、あたしの涙を見られる事もない。

それに今だけでも、面と向かって大好きな彼を見る事が出来る。

 

────この国に、星の日があって本当に良かった───。

 

 

 

 

 

それから、レノックスに貰ったお菓子を丁寧にカバンにしまうと、あたしは友達と一緒に王国中へとお菓子を貰いに駆け巡った。

すると、丁度練兵場通りを通った時にラザールを見つけたので、あたしは泥団子を手にニヤニヤしながら彼に駆け寄った。

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む……、さすがラザール。

すかさずお菓子をカバンから取り出した優しいお人好しの彼は、きっと今日の為に沢山お菓子を用意していたのだろう。

 

それに、あたしの大好きなイムムースを差し出してきたので、思わず飛び上がって喜んでしまった。

 

「わーいっ!!ありがとう!!ラザール!」

「ふふ、イムムース好きだよね、殿下」

「もっちろんっ!だってカワイ……!?」

 

そう言いかけて、ハッと固まる。

するとラザールが口元を手で覆いながら、肩を震わせてあたしから顔を逸らした。

それを見て、ブワリと一気にあたしの顔も真っ赤に染まる。

 

あ、あたしだってバレてる……!!

 

なんでバレたのかは分からないけれど、いつも彼の前では大人ぶっていた手前、飛び上がって喜ぶ姿を見られた事がなんだか妙に恥ずかしくて、手で顔を扇ぎながら仮面を深くクイッと被りなおした。

 

「ラザール!!笑い過ぎ!!っていうか、どうしてあたしだって分かったの!?」

「く、ふはっ、あははっ!  あー……うん、ゴメンね、殿下。なんでだろうね、殿下だけは何故か分かる」

「な、なによそれっ!!理由になってないし!」

 

フンッ!ともう一度仮面を被りなおしてラザールから顔を背ける。でも何故か、恥ずかしいという感情の中に少しだけ嬉しいという感情が混ざっている事にふと気付いて、不思議な気持ちになった。

 

 

 

***

 

───それから楽しい星の日も過ぎて、慌ただしい年末も過ぎ、この国に新しい年がやってきた。

 

今日は父ちゃんから異国のお客様が来ると聞いていたので、あたしは朝からソワソワしながらエルネア波止場とウィアラさんの酒場を行ったり来たり。

 

なんでも、“悔恨の砂時計”っていう時を少しだけ巻き戻す魔法の道具の、懐中時計バージョンが代々王家には秘密裏にあるらしく、それを使うと時間を巻き戻すだけではなく、『違う時間軸のこの国』と行き来出来るらしいのだ。

そして違う時間軸なので、当然国に住む人も変われば、歴史も変わってくる。

あたしの国は今のところ、代々ガイダル姓が国王になっている国だけれど、時間軸が変われば違う姓の国王が誕生していたりするので、父ちゃんの話だと今分かっているだけで、あたしの国を含め八つの姓の違う国が確認されているらしい。

 

今日はその八つの内の一つ、オスキツ・ブヴァール国王が治める国の、三人の王子達が遊学に来るというのだ。

しかも父ちゃんは以前彼らに会った事があるらしく、美形だけれど個性豊かな面々だと笑って話してくれた。

 

時々この国にも旅人は来るけれど、そういう時間軸を越えて来る異国のお客様は初めてなのでワクワクする。だから楽しい事が大好きなあたしが国の案内役を父ちゃんに買って出たのだ。

 

 

そろそろだと思うんだけどなぁ、とウロウロしていると、ヤーノ市場を通って来たあたしとは入れ違いだったのか、神殿通りから酒場に向かって歩く三人の旅人の後ろ姿を見つけて、嬉しくなってつい大声で呼び止めた。

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あたしの大声に驚いたように、三人ともこちらを振り向く。

振り返った三人それぞれの美形っぷりに、心臓は大きく跳ねたけれど、王女として案内役を買って出たのだ、ここはしっかりしなきゃ!と、堂々と声を掛ける。

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一番手前にいた長髪の王子に声を掛けると、彼は一瞬あたしの言葉に驚いた表情をしたけれど、すぐに人好きする笑顔で頷いた。

 

「やぁ、こんにちはお嬢さん。僕達の事を知っているという事は、ワイアット殿下のお知り合いかな?殿下は今どちらにいらっしゃるか分かる?」

「……殿下?  殿下じゃなくて、今は国王だよ!」

「え?」

 

長髪王子が驚いた表情をした途端、後ろにいた黒髪を後ろに撫で付けている王子が突然叫び出した。

 

「……っあーーーーー!!!  アンガス!!  お前だろ!!」

 

彼はそう言って、隣にいたアッシュ色の髪の王子の肩を掴んで焦ったように揺さぶっている。

 

「お前、時空移動するあの時、懐中時計弄ってただろ!?」

「あーもう。アンテルム煩いよ。だって、せっかく時空移動するんだったら、少し未来のワイアットを見たいだろ?」

「み、未来って!!私は、あの日のワイアット殿下にもう一度試合を申し込みたいといったはずだ!」

「あーー、もう、本当アンテルム煩い。熱くなんないでよ、済んだことは仕方ないじゃん。ワイアットも懐中時計の様子で気付いてたみたいだし」

「お、お前って奴は……!だから父上にも奏士になって出直せと、神殿送りにされ」

「はいはい、二人共もうそこまで」

 

長髪の王子が穏やかに仲裁に入る。

ビックリして呆然と王子達のやり取りを見ていたあたしに、長髪の王子が振り返りもう一度ニッコリと笑いかけてきた。

 

「ごめんね、驚かせてしまったね。僕はティムって言うんだ、宜しくね。ところでお嬢さんは、ワイアット陛下のお知り合いか何かかな?良ければ僕達を陛下の所まで案内してくれないかな?」

 

そう言って屈んだティム王子が穏やかに、あたしと目線を合わせて微笑んだ。

その笑顔に、ついドキリとしてしまう。

父ちゃんが言っていた通り、三人ともかなりのイケメンだ。

これは国中の女性陣が騒ぎ出すだろうなぁ、とつい引き攣りそうになる口元を無理矢理笑顔に変えて、あたしは大きく頷いた。

 

「うん!いいよ!あたしは父ちゃ……えーっと、ワイアット陛下の娘のウィルマリア!よろしくね!」

 

あたしがそう挨拶すると、三人ともポカンとした表情を浮かべた次の瞬間、大きく目を見開いて三人同時に同じ言葉を叫んだ。

 

 

「「「 娘!?」」」

 

 

……なんとなく、三人が来た事によって今日からの日々が少しだけ騒がしそうだな、なんて思った。