アキユウの独り言 blog

エルネア王国の初期国民の妄想、ネタバレ等多分に含まれますのでご注意ください。

19.誕生(シャノン編)

───春が過ぎて、夏を迎えて。

陛下と過ごす毎日が、ただ穏やかに過ぎて行く。

 

ここのところずっと、私より先に起きて陛下が朝ごはんを作ってくれる。

そんな愛しい人の背中を頬を緩めて見つめていると、陛下が不意に振り向き微笑んだ。

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陛下の言葉に頷きながら、私はそっと優しく自分のお腹を撫でる。ふと、脳裏に子供の頃の自分が過った。

 

陛下の側にいたくて、早く大人になりたくて。

いつも、いつも──。彼の背中を追っていたあの頃。

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時には私のわがままで、森の小道について来てもらった事もあった。
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全てが懐かしくて、そして甘酸っぱくちょっぴりほろ苦い思い出。

そんな風に追いかけ続けた彼が、今、私の目の前にいる。

 

お腹を撫でる私の手に重ねるように陛下もそっと手を添えて、もう片方の手で私の頬を包む。トクン、と胸が高鳴ってそっと視線を上げると、蕩けてしまいそうな程に甘く微笑む陛下と目が合った。

 

 

 

***

 

それからの日々も、毎日穏やかに過ぎて。

朝食を食べたばかりだというのに、私を慌てて追いかけて来ては、「お腹の子もお腹が空いたら大変だから」と、度々手料理を持たせてくれる陛下に笑ったり。

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またある時は、嬉しそうにまだ見ぬ子供のオモチャを買っては、ヤーノ市場をウロウロしている陛下を見かけたり。
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穏やかな毎日に、幸せだなぁって思う。

 

今日は友人と薬師の森へ出掛けて帰りが遅くなったと慌てていると、丁度通りすがりだったのか陛下が何食わぬ顔で私を迎えに来てくれた。

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だけどすぐに近くのキャラバン商店のカルロスさんが、ニヤニヤしながら陛下に声を掛けた。

 

「嫁さんやっと森から出て来たな!」

「……っ!」

 

え?と手を繋ぐ陛下を見上げると、陛下はサッと私から顔を晒してしまったけれど、髪から覗く陛下の耳がジワリと赤く染まって行く様に、胸がきゅうっと嬉しくて疼いた。

 

「……待っていて、くれたんですか?」

 

手を繋いではいるけれど、グングン前へと進む陛下の背中に抱きつきたい衝動に駆られながら言葉を紡ぐ。

 

「いや、……」

「?」

「………………うん」

 

やや間を置いて小さく頷くように答えた陛下の言葉に、口元がこれでもかという程緩む。

さっきよりも更に陛下の耳が赤くなるのが見えて、愛しさが募って握られている手をぎゅっと強く握り返した。

 

 

 

***

 

あれから更に慌ただしく毎日が過ぎ、あっという間に年末になった。

時と共に、お腹の赤ちゃんもきっと大きく成長しているはずだ。

エルネア王国の女性の身体には、赤ちゃんを守る魔法が掛けられている為傍目から見たら妊娠しているようには見えない。だからこそ、妊娠してもこの国の妊婦はみんな普通に出産するギリギリまで仕事や探索、時には試合に出たりも出来るのだ。

だけどこの国全体に伝えられる様々な魔法の力の代償で、この国の人間の成長速度はかつての三分の一にまで短縮され、命の長さも同様に儚いものとなっている。

最初こそ、この国の歴史をママに聞かされた時はショックだった。

けれど、プルト共和国からの移住であるママが言うには、一日の長さはエルネア王国の方が長いそうだ。それだけ、他の国よりも大好きな人と過ごせる時間が長いのは幸せな事だとママは教えてくれた。

 

ママの言葉を思い返しながら、ソファで優しくお腹を撫でているとポコっとお腹を思い切り内側から蹴られたような気がした。思わず嬉しくて急いで陛下の元へと走る。

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陛下もとても嬉しそうに私のお腹にそっと触れた。

すると、まるで陛下を待ってたよ!と言わんばかりにポコポコとお腹が動いた。

 

「……流石、元テルジェフ家のお転婆娘の子だ」

「へ、陛下っ!」

「ははっ、元気そうでなにより」

 

プクッと頬を膨らませて抗議の目を向けると、陛下は楽しそうに私の頭をポンポンと優しく撫でた。

 

 

 

***

 

今年も今日で終わりだ。みんなに年末の挨拶をして回ろうと外に出ると、玉座の間で親友のフィービーちゃんがこちらに駆けてきた。

 

「ふふっ、お腹の赤ちゃん、お腹を蹴るようになったんだって?」

「え、あ、うん!そうなんだけど、どうしてそれ……」

「陛下が、嬉しそうに道行く人を捕まえては教えてたから♪」

 

えっ!?と驚いて、まだ玉座の間に居た陛下の方を見ると、更に他の人に嬉しそうに話をしている様子の陛下が見えた。

 

「……もうっ、陛下ったら、」

「何言ってんの、愛されてる証拠だよ」

 

フィービーちゃんの言葉に、嬉しくて素直に頷く。そんな私を見たフィービーちゃんも、嬉しそうに目を細めた。f:id:akiyunohitorigoto:20190118225448j:image

そんな他愛ない会話で口元を緩ませつつ、また来年も宜しくね、とお互いに笑い合った。

 

 

***

 

ピチチチッ……───と、小さな鳥の囀りで目を覚ます。

今日から新たな一年のスタートだ。

朝の冷たい空気に肩を竦ませつつ、隣で眠る陛下をそっと盗み見る。

あぁ、このまま抱きつきたいなぁ……なんて思うけれど、陛下の寝顔も見ていたくてぐっと我慢する。

睫毛長いなぁとか、肌が綺麗だなぁとか、見ていて全然飽きなくて。

でもやっぱり触れたいなぁと陛下の頬にそっと手を伸ばすも、やはり起こしてしまうのが勿体無くてその手を引っ込めようとしたら、いきなり手首をグッと掴まれて驚いた。

 

「……っ」

「……あーあ、残念」

「!?」

「そのまま触れて欲しかったのに」

「へ、陛……ま、まさか起きっ……」

 

手首を握られたまま私が慌てて上半身を起こすと、陛下も同じように起き上がり、口の端をクッとあげて少し意地悪く笑う。そしてふわりとそのまま私を優しく自分の方へと抱き寄せた。

 

「うん、起きてた。おはようシャノンさん。今年も宜しく」

「……よ、宜しく、お願いします……」

 

そのまま陛下は優しく私を抱き締めると、髪にキスを落とした。陛下の発言や行動で瞬く間に自分の顔が熱を帯びてくるのが分かる。すると陛下はクスクス笑いながら私を離し、ゆっくりベッドから下りた。

 

「その服、とても似合っているよ。シャノンさんの努力の成果だね」

「あ……!」

 

今の今まで気付かなかったけれど、農場管理官の制服が支給されている事に気付いて驚いた。

この国は新年と共に、前年度の成果に合わせて組織が再構成される。その再構成時に各々の制服が魔法で届けられる仕組みだ。勿論、陛下や山岳兵の人達のように世襲制の人達はそのままだったりするけれど、一般国民は殆どの人が新体制となって新年を迎えるのだ。

新しい制服が嬉しくて、目を爛々と輝かせて隅々まで見回す。

この制服に恥じないよう今年一年も頑張ろうと顔を上げると、目を細めて優しく微笑む陛下と目が合って、なんだか更に嬉しくなった。

 

 

 

***

 

朝食が終わるとすぐに玉座の間で新年祝賀会が始まる。

今年は陛下と結婚して王族入りした私も出席者に名を連ねていて、王族やそれに連なる各組織の長と一緒に並ぶ。

その中にはママの姿もあって、私を見てニコリと微笑むママに緊張が少しだけほぐれた。
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去年の今頃は、確か成人式の事で頭がいっぱいで。

僅か一年後に、まさかこんな風に私が王族としてこの場に居合わせる未来なんて想像もしていなかった。

勿論一般国民も祝賀会は参加出来るけれど、みんな早起きしなければいけない為参加者は少なくて。

だけどこうして、陛下に、この国に、この一年が良きものになるよう誓う事はなんだか誇らしくて、益々今年一年も頑張ろうと思えた。

 

 

 

翌日は、初めての仕事始めに参加した。

今からラダのお世話やギート麦の収穫、ポムの実の収穫など農場管理官ならではの仕事が目白押しでとてもワクワクする。

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陛下の弟であるサミュエル殿下も同じ農場管理官の為、私の左隣の端にいるのが見えて嬉しくなった。

サミュエル殿下はご夫婦で農場管理官をされていて、昨日の祝賀会の時お二人が色々教えてくれると言ってくれたのだ。だけど陛下は、サミュエル殿下の奥様に聞くように、と何故か何度も私に釘を刺してきたけれど。

 

 

そして──今日は、待ちに待った出産の日。

朝からソワソワと落ち着かない気持ちを仕事始めや他の事で紛らわせていたけれど、いよいよ陣痛に襲われてベッドに横になった。

間隔をあけて襲ってくる陣痛に耐えながら目をつぶっていると、そっと背中を誰かに撫でられた。

ゆっくり振り返るとそこには心配そうにこちらを見つめる陛下がいて、陛下が側にいるという安堵感から私はまたゆっくりと目を閉じた。

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陛下の優しい声が耳に届く。

痛みの間隔は段々と短くなってきているけれど、陛下が側にいると思うだけで心が落ち着いてくる。

私は少しだけ口元に笑みを浮かべてコクリと頷いた。

いよいよ陣痛の間隔がほぼ無いに等しいくらいになってきた頃、巫女のシルヴィアさんが居室に来てくれた。

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それまで優しく背中を撫でてくれていた陛下も、私の苦痛な表情を見て少しだけ慌てていたようだけれど、すぐにハッとしたように私の側に跪き手をぎゅっと握ってくれる。

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陛下の声と手の温かさに少しだけ表情が和らぐのが分かる。これでもか、というくらいの陣痛を乗り越えた瞬間、目の前がパッと一瞬明るく真っ白になった。あっ、と思った時には、成人式の時感じた温かな光に自分が包まれていて、既視感と共に懐かしさやホッとした気持ちが溢れてくる。

それと同時に元気な赤ちゃんの産声も耳に飛び込んできて、ホッと身体の力が一気に抜けていった。

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そうシルヴィアさんに声を掛けられて、ゆっくり声の方へと顔を向ける。

そこには、陛下にそっくりなアッシュの髪に青い目をした娘が見えて、一気に目頭が熱くなってジワリと目の淵に涙が溜まっていく。

 

──……やっと、生まれて来てくれた、大切な……大切な、私達の新しい家族。

 

そっとシルヴィアさんから娘を受け取って、抱っこしてみる。小さくて、でもとても温かくて、嬉しくて幸せで。

目の前が滲んで見えなくなったと思ったら、ポロポロと涙が頬を伝って流れていく。

 

「……ウィルマリア、生まれて来てくれてありがとう」

 

私が娘を抱きしめながら呟くと、隣にいた陛下が「名前……」と驚いたように私を見た。

 

「ごめんなさい、勝手に決めちゃったりして。でも、女の子が生まれたら絶対にウィルマ様の名前を元に付けようって決めていたんです。ダメ……だったでしょうか?」

 

私の言葉に、陛下が驚いた表情をした後一瞬グッと目頭を押さえた。

でもすぐに瞳を潤ませたまま嬉しそうに破顔して、私とウィルマリア二人をふわりと抱きしめた。

 

「ダメなわけ、ない……。母も父もきっと、ガノスで喜んでいる。……ありがとう、シャノンさん」

 

陛下が潤んだ瞳で私とウィルマリアを見つめながら、私の涙をそっと指で拭ってくれた。f:id:akiyunohitorigoto:20190118230034j:image

私達の会話を隣で聞いていたシルヴィアさんが、穏やかに声を掛けてくれる。

するとウィルマリアが嬉しそうにキャッキャッと私の腕の中で笑った。

嬉しくて、───……幸せで。

陛下を見上げると、陛下も穏やかにふわりと笑みを深めてくれた。

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シルヴィアさんの優しい声にしっかりと頷くと、陛下がもう一度私とウィルマリアをふわりと軽く抱きしめた。

 

「……僕は、もう、この年だから……我が子を抱ける日が来るとは思っていなかった。甥や姪もとても可愛かったけれど、やっぱり自分の子は……格別だな」

 

抱きしめられている私の肩の上に、ポトリ──、と一雫落ちる。

「ふふ、早くも親バカですね」なんて口にしたけれど、私の目からも涙が溢れて来て、陛下の肩に顔を埋めるように擦り付けた。

これから陛下とウィルマリア、三人での生活が始まる。更なる幸福な未来に想いを馳せて、私の目からは更に涙が溢れた───。