1.私の好きな人(シャノン編)
────物心ついた頃から、ママの近くにはいつもワイアット殿下がいて。
最初はママに話しかけるついでに、殿下にも声を掛けていた。
……それが、“ついで”じゃなくなったのは、いつからだっただろう─────。
***
「シャノンちゃん!いつまで寝てるの!?そろそろ起きなきゃ学校遅れちゃうわよ!」
……うーん、まだあと一刻……って口にしようとしたら、ママに無理矢理起こされた。
身体を起こしつつ、ぼんやりとさっきの夢を思い出す。
懐かしい……夢だったな。
あれはまだ、陛下が殿下だった頃。
騎士隊長だった殿下は、学校の先生で。
殿下が授業をしてくれる日は、ちょっぴり緊張していたんだよなぁと、あの頃を思い出して口元が自然と緩む。
ママが私の髪を結びながら、ニッコリ微笑んだ。
「シャノンちゃん、新年早々良い夢を見たのね?」
ママの言葉にすぐさま陛下の顔が頭に浮かんで、耳がじんわりと熱くなる。恥ずかしさを紛らわす為に夢の内容には触れずに、ママの方へと振り返り今一番の願いを口にした。
私の言葉に、ママは「はいはい♪」と、いつものように流してしまったけれど、私は自分の身体を見下ろして、ママに気付かれないように小さく溜息を吐いた。
小さな手に、小さな足。
胸だってまだぺったんこで、とても大人に近付いているとは思えない。ママみたいに大人だったらなぁって何度願ったか分からない。
────早く陛下に、つり合う大人になりたい。
最近は、いつだってそう願ってしまう。
だけど今の私がどんなに大人ぶったって、まだまだ子供には変わりはなくて。
「さぁ、ダイニングに行きましょ♪」と、ママに軽く背を押されながら、みんなに小さく「おはよう」と声を掛けた。
私の家の食卓は朝から少し騒々しくて、騎士隊長を務めるマツリカママは朝からマトラ定食をモリモリ食べていて、同じく騎士隊に務めるランダルパパは朝からママの食欲に呆れつつも、いつも優しい目でママを見ている。
弟のクラウドはいつもどこかふわふわしていて、イムやモフをもふもふしたい!って騒いでいて、妹のユフィは弟に比べたら年下の割に案外冷静だけど、ミアラさんのところにいる変な生き物を観察に行くのが日課だ。
ガヤガヤと騒がしい我が家の食卓の中で、私は急いで口の中に朝食を詰め込む。時々詰め込みすぎてむせそうになりながらもなんとか飲み込んだあと、まだ食事を続ける家族を尻目に私は玄関を飛び出した。
私の家の真横、そこが陛下の居室だ。
ママは騎士隊長なので、陛下を一番に守るべき存在で。
だからすぐに駆けつけられるようにお城の中に居住区を設けられていて、王家の居室の隣、というこれも物心ついた頃から変わらない風景だけれど、“ワイアット陛下”が王家の居室に引っ越して来たのは割と最近の話。
ママが言うには陛下も以前はお城に住んでいたようだけれど、色々と理由があって城下に引っ越したそうだ。
ママが朝から勝手に陛下の居室に入ってはダメだと言っていたので、ソワソワと陛下が出てくるのを待つ。
こっそりと、今なら誰も見てないからいいよね…?と、日頃陛下が座る玉座に座ってみた。
うわぁ……!椅子がフカフカ!
調子に乗って椅子に乗り跳ねていると、ママが家から出て来て「シャノン!?」って、怒られてしまった。
……そうだった。今日は新年祝賀会の日だ!
ママに怒られていると、陛下が居室から出て来た。
怒られている私を見て、陛下が小さく笑う。
「シャノンさん、おはよう」
怒られているのを見られた恥ずかしさと、朝から陛下の小さいけれど笑顔が見られた事で、心臓がいつになく騒がしくてつい俯いてしまった。
「……おはよう、ございます」
か細い声で挨拶を返した私の側に、陛下がスッと近付いて来た。
……ど、どうしよう!!
さっき陛下は笑ってくれたけど、やっぱり勝手に玉座に座った事怒っているのかもしれない……!
俯いたままじっと固まっていると、ポン、と頭を優しく撫でられた。
え……と、驚いて俯いたまま目を見開くと、陛下が屈んで私の顔を覗き込んで来た。
「今年もよろしくね、シャノンさん」
ハッとして顔を上げると、間近に陛下の綺麗な顔があって、思わず後ろに倒れそうになり玉座にガタンッ──と、ぶつかってしまった。
「よ、よろしく……お願いします」
恥ずかし過ぎて涙目の私を見た陛下は、ママに向かって「……すまない。泣かせるつもりはなかったのだが」と、苦笑いを見せた。
それからしばらくして、新年祝賀会が始まった。
……やっぱり、陛下はどんな角度から見てもカッコいい。
これでまだ結婚していないのが不思議なくらい。
前にママにどうしてなのか聞いた時、「運命の人にまだ巡り会われていないのよ、きっと」って、どこか寂しそうにママが微笑んでいたのを思い出す。
───どこからか、歌っているかのような鳥の囀りが聞こえてきて、朝の光が玉座の後ろに差し込まれる。
その玉座の前に立っている陛下にも、朝の光がキラキラと降り注がれて、思わずうっとり見惚れてしまった。
毎年新年祝賀会を迎えると、新しい年になったんだなって実感する。
だけど今年は、私にとって学生でいる最後の年だから。
今まで以上に、
特別な年になる気がするんだ────。