アキユウの独り言 blog

エルネア王国の初期国民の妄想、ネタバレ等多分に含まれますのでご注意ください。

12.初デート(シャノン編)

……あの後、クスクス笑い続ける陛下に抗議の目を向けてみる、も───。

小首を傾げながら「もしかして足りなかった?」と、目を細め妖艶な瞳の陛下が顎に手を添えてきたので、ソファーから慌てて立ち上がった。

恥ずかしさに逃げるように「失礼しますっ」と居室を後にしようとすると、陛下にヒョイッと軽く手首を掴まれた。

 驚いて振り返ると、陛下は私の手を持ち上げ指にキスを落としながら、チラリとこちらを見てふわりと微笑む。

 

「……明日、デートしようか」

 

陛下のその言葉が嬉しくて、自分の手を手繰り寄せるように思わず近くに寄り「はいっ!」と大きく頷くと、一瞬驚いた表情をした陛下が思い切り破顔した。

 

***

 

───翌朝。

陛下とのデートの約束が嬉しくて昨夜中々寝付けなかった私は、珍しく寝坊していたようで誰かに身体を揺さぶられた。

 

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その声に、陛下に起こされる夢まで見るなんて今日はラッキーだなぁなんて、つい目を閉じたままニヤケてしまう。

もう少しこのまま夢の続きが見たいとゴロリと寝返りを打ち、多分起こしてくれているのはママだろうと思いボソリと呟く。f:id:akiyunohitorigoto:20180810125155j:image

するとふわりと前髪を撫でられて、その気持ち良さにうっとりとしながら微笑むと、更に優しく髪を撫でられた。

その温かな手に、ママだと分かっていても夢のせいかなんだかドキドキする。

 

ゆっくりと離れていく手に、もう少しだけ……そう思って目を開けようとすると、玄関の方からママの素っ頓狂な声が耳に響いてきた。

 

「あら?やだ陛下じゃないっ!もしかしてあの子まだ寝て……!?」

「いや、いいんだ。また来るよ」

 

ついで、陛下の優しい声も聞こえてきて、私は一気にガバリと身体を起こした。

 

え、えっ!?嘘……っ!!

さっきの起こしてくれていた声は、本当に陛下だったの!?

 

思い切り寝坊した上に、寝顔を見られた恥ずかしさでジワリと顔に熱が集まる。

陛下に撫でられた前髪を上から押さえつつ、あの優しい温かな手を思い出して胸がキュンと疼く。

すると思わず昨日の光景も一緒に思い出されて、ブワッと顔がユデダコのように真っ赤に染まる。

今更なのもおかしいけれど、じんわりと心が嬉しさで満たされていく。

 

───……私、本当に陛下と両想いになれたんだ。

 

ずっと、ずっと……恋い焦がれていた初恋の人。

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いつも彼の後ろばかりを追いかけていた。

陛下の目に映って、陛下の声で名前を呼ばれて、陛下の手で触れて欲しくて。

あの頃、誰よりも彼の側に居たいと願った。

 

それが今、現実になりつつあるわけで。

 

そう思ったら、途端に陛下に会いたくなった。

サッと身支度を整えて、「朝ごはんは!?」と叫びながら呼び止めるママに「あとで!」と返事をしつつお城を飛び出した。

転移石さえ使っていなければ、まだ近くに居るはず。

そう思い慌てて走っていると、城門前通りに差し掛かった所で丁度陛下の後ろ姿を見つけた。

 

「ワ、ワイアットさん……っ!」

 

まだ呼びなれなくて、声が少し震える。私の呼ぶ声に、少し驚いた表情で陛下がゆっくり振り返った。

その陛下の立ち姿を見ているだけで、胸がキュウッと疼く。この人は、私のものなのだとみんなに知らしめて、独占したくて、今すぐ抱きつきたくて。

だけどギリギリのところで恥ずかしさが勝って踏みとどまる。

すると陛下が「おはよう」とクスリと笑ったので、ジワリと染まる頬を隠すように、少しだけ俯いて挨拶を返して必死に言葉を紡ぐ。

「あ、あの、今日……、」

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そう言って、陛下がふわりと優しく笑うから。

現実を噛みしめるように、思わず嬉しさで涙が溢れそうになった。

 

***

 

それから近衛騎士の人と北の森の巡回に行くという陛下を見送って、テルジェフ家の農地に来た。
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もうすぐギート麦の収穫日だ。

この国では麦が主流で、国民総出で種まきをし、収穫もする。大事な主食になるからだ。

ギート麦に水を撒きながら、空いている農地に種もまく。少しでも陛下の、この国の手伝いになるように。

少しひと休みしようかなと思ったところで、妹のユフィがやって来た。f:id:akiyunohitorigoto:20180810125200j:image

ユフィはいまだにミアラさんの水槽に珍しい魚を入れる事を諦めていないらしく、将来は絶対に農場管理官!といつも嬉しそうに話してくれる。

そんな妹を微笑ましく見つつも、私は陛下のお嫁さんが夢だったなぁなんてぼんやり思う。

 

ユフィと魚釣りを終えてから、そろそろ時間かな、とソワソワしつつも街門広場にやって来た。

ここは恋人達の待ち合わせ場所。私もこうやって陛下をここで待てる日が来るなんてまだ夢みたいで、なんだか落ち着かなくて近くのベンチに腰掛けた。

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陛下に早く来て欲しいような、でも気恥ずかしいような、落ち着かない気持ちでソワソワしていると、遠くに陛下の姿が見えてドキリと心臓が跳ねた。

 

どんなに遠くにいても、すぐに見つけてしまう。

 

ジワジワと陛下と待ち合わせているのが自分だという実感が湧いて来て、嬉しさでジッとしていられなくて陛下に駆け寄った。

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駆け寄って声を掛けた私に、陛下は優しくどこに行きたいのか聞いてくれる。

そんな些細な事も嬉しくて。

 

だって今日は。

───……初恋の人と、初デート───。

 


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そう、私を見て微笑む陛下に私も微笑み返す。

初デートは……絶対にここが良いと決めていた。

……私が初めて、陛下に花束を貰った場所だから。
あの花束は今でも、私の部屋に飾ってある。そんな事を思いながら隣の陛下をふと見上げた。

 

すると少し視線を伏せていた陛下がふと私の視線に気付いて、チラリと流し目でこちらに視線を向ける。

 

その仕草があまりにも色っぽくて、ドキリと鼓動が大きく跳ねるものだから、思わず視線を逸らして慌てて前を向いた。

だけど前を向きつつも、ドキドキと隣の陛下が気になってそちらに意識を集中させていると、クククッと隣から小さな笑い声が聞こえてくる。

ハッとしてもう一度陛下を見上げると、優しく目を細めた陛下と視線が絡む。

すると陛下は、私の頭をポンポンと優しく撫でるとそっと顔を覗き込んできた。

 

「……すまない。悪気はないのだが、シャノンさんの反応がつい可愛くて」

「……!」

 

その言葉で瞬時に顔が真っ赤に染まった私は、なんだか悔しくて、頬を思い切り膨らませながらプイッと顔を逸らす。

……こんな事をするから、いつまでも子供だと思われるのだ。

だけど今更引くに引けなくて少し眉尻を下げていると、陛下が私の顔を覗き込みながら少年のように屈託無く笑った。

その笑みに引き摺られるように、私も自ずと笑顔になる。二人で向かい合って、何の気なしに笑い合った。

こうして一緒にいるだけで、不思議と心が満たされていく。それが心地いいな、と思った。

 

すると陛下が、ふと空を見上げて目を閉じた。

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その陛下の言葉がなんだか無性に切なくて、私は陛下の服の裾をそっと握る。

いつまでも、いつまでも───。

陛下の側にいられるのは、私でありたい。

自ずと服を握る手に力が入ると、陛下がふわりとその手を覆うように上から握ってくれる。

 

本当に、どこまでも───どこまでも、優しい人。

 

この優しい人と、この先何年だって一緒にいたい。

そっと服を離して、陛下の手を握り返す。

この手に勇気を貰えた気がして、私は陛下を見上げて言葉を紡ぐ。

 

「……言い伝えじゃなくて、二人で……幸せになって行きましょう……?」

 

私の言葉に、一瞬陛下は目を見開いたけれど、すぐに目を細めてふわりと笑った。

 

「……そうだね。二人でもっとずっと、幸せになって行こう」

 

そう言って、陛下は繋いだ手を持ち上げて破顔した。

 

 

11.余裕(シャノン編)

あれから、どこに向かっているのかも聞き出せずに、陛下に手を引かれるまま歩き続ける。

聞きたい事は、山ほどある。

山ほどあるのに、何から聞けばいいのか分からなくて、その上今の状況さえもよく理解していない私は、結局黙って陛下について行くしかない。

 

しばらく歩くと見慣れたお城が視界に入って、もしかしてこのまま家に帰されちゃうの?と、少し不安になった。なんとなく陛下からは少し怒っているような空気も感じ取れていたので、時間が夕刻に差し掛かっていた事もあり、いつまでも外でフラフラしていないで帰りなさいって意味なのかと焦ってしまう。

もしそうだとしたら、全力で抵抗して陛下と話をしようと決めるも、何故か私の家である騎士隊長の居室を陛下は素通りして行く。

え?と困惑しつつも手を引かれるまま歩いて行くと、陛下の居室へと通された。

 

「え、あの、陛下……?」

 

困惑したまま入り口に立ち尽くす私に、陛下は振り返り手を離すと、肩のマントを外しながら「座ってて」と声を掛けた。

陛下が居室では身体を休める為に王の鎧を脱ぐ事は知っていたけれど、いざ目の前でそれをされると目のやり場に困って頬がジワリと熱くなる。

それがなんだか恥ずかしくて、私は急いで背を向けソファーへと腰掛けた。

すると鎧を脱ぎ終わり、楽な格好になった陛下がこちらへと近づいて来る。

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陛下が近づいて来る事は分かっても、緊張と恥ずかしさでその姿を直視出来なくてつい俯いてしまった。

 

どうしてさっき幸運の塔から連れ出したの?とか。

どうして今、私の家ではなく陛下の居室へと連れてきたの?とか。

聞きたい事は山ほどあるのに、それよりも何よりも今、陛下が私の隣へと座った事の方へと意識が集中してしまい、ドキドキと自分の心臓の音で何も考えられなくなる。

何故かしばらく陛下も黙っているので、余計に焦ってきた。

どうしよう、何か、何か話さなくちゃ……!

そう思うのに、喉の奥がつかえているように言葉が発せない。手にジワリと汗だけが滲んでくる。

 

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すると、隣に座った陛下が徐に小さく息を吐いた。

その事に少しだけビクッと肩が上がった私は、恐る恐る陛下の方へと顔を上げてみる。

するとそこには、自分の膝に頬杖をつき、少し小首を傾げるような体勢でこちらを見る陛下がいて。

ドキリと心臓は大きく跳ね、じわじわと耳の端まで自分の顔が赤く染まって行くのが分かった。

 

「……少し、話をしても?」

 

そう、陛下が遠慮がちに聞いてくる。

極度の緊張と鼓動の速さから、私は思わずコクンコクンと何度も頭を縦に振ってしまった。

それを見た陛下が、目を細めてふと小さく笑う。

その表情に、ああ、陛下のこの表情好きだなぁとしみじみ思う。

だけどそんな私の思考とは裏腹に、陛下は少し真面目な表情で頬杖をつくのをやめて一度前を向き、もう一度ゆっくり私の方を見た。

 

「……昨日、シャノンさんに言われた事は、事実だ」

 

陛下に言われたその言葉だけで、詳しい内容まで言われなくても何の事かすぐに分かる。

さっきとは打って変わって全身に冷や水を浴びせられたかのように、瞬時に心までもが凍りついて動かなくなった。

 

────やっぱり、私の思い違いなんかじゃなかった。

 

モヤモヤしている状態も嫌だと思ったけれど、こうもハッキリさせられると想像以上にショックは大きくて、目の前が一瞬にして真っ暗になる。

だけど現状に感情が追いつかなくて、身動き一つ取れずに何も反応が返せない。

そんな私を見た陛下は、少しだけ眉尻を下げたけれど、ついで目を細めて優しげな表情で私を見る。

 

「けれどそれは、昔の話だ。マツリカさんが結婚してしまうまでの話であって、彼女が結婚してからはスッパリと諦めた」

 

そう言って、陛下がほんの少し戯けたように笑った。

 

────ママが、結婚する……まで?

 

陛下の顔を恐る恐る見つめると、優しい笑みを返される。

ママは結婚するのがとても早かったと聞いていた。

この国でママは早々にモテクイーンになってしまい、焦ったパパがスピード結婚に持ち込んだのだと以前パパのお姉さんが笑いながら教えてくれたのだ。

困惑する瞳で陛下を見ると、陛下が口の端を上げて少しだけ意地悪く笑う。

 

「その後も、マツリカさんが言った通りかなぁ。付き合いこそすれど、いつもピンと来なくて長くは続かなかった。でもまさか、赤ちゃんの頃から知っているシャノンさんが、そのピンと来る相手だとは思いもしなかったけど」

 

そう言って、陛下は優しく目を細めて笑った。

その陛下の表情と言葉に、心拍数は一気に上がる。

 

「昨日はシャノンさんに、マツリカさんの事を指摘されるとは思ってもいなくて。正直凄く驚いたし焦った。それは過去を知られたという焦りではなくて、シャノンさんに誤解されているんじゃないかっていう焦りだ」

「……誤解?」

 

私がなんとか声を振り絞って聞くと、陛下はまた膝に頬杖をつき私の顔を覗き込むように見てくる。

 

「そう。マツリカさんの代わりだと思われているんじゃないかって」

「……っ!」

 

思い切り図星をさされて、私は大きく目を見開いた。

すると陛下が「やっぱり」と小さく呟く。

その陛下の声が呆れを含んでいるように聞こえて、焦って口を開こうとすると、隣に座っていた陛下が徐に席を立った。

更に焦りが増して、追いかけるように立ち上がろうとした私の前へと陛下はやってきて、ポン、と軽く肩をソファーへと押し戻す。

 

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驚いて小さく声を漏らしながら陛下を見上げると、陛下がソファーの背もたれに手をついて、私を覆うように囲い込んだ。

 

「……え、へい、」

「僕は言ったはずだよ。“君が”好きだと」

 

陛下に上からジッと見つめられて、顔の近さに緊張と驚きと恥ずかしさで、口がパクパクと動くだけで声が発せない。

 

「シャノンさんは僕の言葉を、信じてくれていなかったわけだ?」

「ち、違っ……」

「へぇ?その割には、朝から避けられていたように感じたけれど?」

「そ、それは、陛下がっ……」

「うん?僕が、何?」

「だ、だって、私が声かけられていても、陛下は余裕で、」

「ちょっと待った」

 

陛下がそう言って、私の言葉を遮った。

すると視線を横に逸らして、小さく溜息を吐く。

何かマズい事を言ってしまったのかと焦って陛下を見上げていると、ゆっくり私へと視線を戻した陛下がふわりと顔を近づけてきて、そっと額と額をくっつけた。

距離感がゼロの状態に、思わず息を止めてしまう。

すると陛下が、少し力なく笑った。

 

 

「……余裕、あると思う?」

 

 

少し動けば陛下の唇に触れてしまいそうな距離に、身動きが取れなくて。

私は瞬きを繰り返して、ただただ陛下の顔を見つめる。

すると陛下がふと小さく笑って、私の額、鼻、頬にと軽くキスを落としていく。

ドキドキと心臓の音は煩くて、自ずと陛下の唇に視線が集中してしまう。

そんな私を見下ろして、陛下は小さく吹き出すように笑った。

 

「見過ぎ」

「ゴ、ゴメンナサッ……」

 

そう慌てて顔を逸らそうとすると、陛下に軽く顎を掴まれて正面へと戻される。

 

「……いつのまにか、僕にとって君が側にいる事が当たり前になっていて。今となっては……側にいてくれなきゃ困る」

 

陛下の言葉に、胸が苦しくなる程ドキドキと高鳴って、近付く顔に自然と目を閉じた。

 

ふわり───、と優しく陛下の唇が触れる。

 

「陛……」

「黙って」

 

喜びと嬉しさで、私ももう一度陛下に自分の気持ちを伝えようと口を開くと、そのままもう一度陛下に唇を塞がれて言葉を遮られた。

後頭部に手を添えられて、唇の角度を変え深みを増していくキスに、呑み込まれて溺れそうになる。

初めてのキスに息の仕方が分からなくて、つい苦しさに陛下の服をぎゅっと握った。

 

すると陛下がそれに気付いてそっと唇を離し、ふと優しく笑う。

キスをしていた時よりも、終わった後の方がなんだか恥ずかしくて、唇をきゅっと噛んで真っ赤な顔で俯くと、陛下がわざと下から覗き込んできた。

 

「ひとつ、忠告しておこう。僕にあまりヤキモチは妬かせない方がいい。こう見えて、貪欲だからね」

 

そう、少し意地悪く笑う陛下に、やっぱり余裕だらけじゃない、と少し恨めしく思って真っ赤な顔のまま唇を尖らせると、陛下はふはっと吹き出して笑った。

 

10.片想い連鎖(シャノン編)

あれから逃げるように私は転移石でニヴの丘まで移動して、丁度誰も居なかった事にホッと胸をなでおろす。

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だけど瞬時にさっきの陛下の顔が脳裏に浮かんできて、胸がギュッと苦しくなった。

陛下は長い事、恋人がいなかった。

それは単に、ママの言葉を信じて運命の人に巡り合っていないだけなんだと思っていたけれど。

 

─────本当は、そうじゃなかったんだ。

 

陛下はずっと、……ママだけを見ていたんだと思う。

あの様子からすると、もしかしたらそれは今も尚、現在進行形で。

そうすると自ずと紐解かれるのは、前に陛下が私に言った“特別”の意味。

 

あれはきっと、私が……“ママの”子供だから────。

 

告白の時に言ってくれた陛下の言葉を信じたいけれど、信じたところで私は結局ママの代わりで。

そう考えれば考える程、ネガティブな思考は止まらなくなるけれど、……なんとなく引っかかっていた不安という名のピースは、それで全て綺麗に埋まっていく。

 

心を落ち着ける為にニヴの岩を見つめていたけれど、その目をそっと閉じた。

 

私の思い違いだと───そう思いたいのに、どんなに思い返しても、違うと思える要素が見当たらなくて。

だけど苦しくても悲しくても、ママの代わりなんだと分かったとしても、側にいたいと……願ってしまう。

整理のつかないやり場のない想いに、胸が苦しくなって、途端に堪えていた涙がポトリ、ポトリと、頬を伝って溢れていく。

だけど自分の気持ちとは裏腹に、ニヴの丘では穏やかな風が吹いていて、そっと私の頬を優しく撫でてくれた。

 

 

***

 

ニヴの丘から下りて、知り合いには誰にも会いたくなくて人目を避けるように旧市街の方へと向かおうとすると、同じ成人組で仲の良かったフィービーちゃんに呼び止められた。

 

「シャノンちゃん!良かったらこれから一緒にハーブ……って、え!?ちょっ、どうしたの!?」

 

自分でも酷い顔をしている自覚はあったけれど、もう隠す気力もなくて。するとフィービーちゃんは慌てながらも、「あー、えっと、ほら!ウィアラさんの所に行こう!」と、私の顔が周りに見えないよう隠すように抱きしめてくれた。

そんな彼女の優しさに触れて、温かさにまた涙が溢れてくる。

彼女に迷惑を掛けている事を申し訳なく思いながらも、私はコクリと頷いた。

 

***

 

「そっかー……なるほどね。でもほら!陛下にはまだ何も聞いていないんでしょ?だったらまだ決めつけるのは早いよ。ちゃんと一度じっくり話してみた方がいいと思うな、私は」

 

そういってフィービーちゃんは、パスタをぐるぐるフォークに巻きながら大きく頷いた。

 

「……うん、そうだよね」

 

───そう、頭では分かっているのだ。

陛下に何も聞かないうちに勝手に決め付けて、逃げていたら意味がないんだって。

でも、あの時の陛下の表情が頭から離れない。

あれは、ずっとひた隠しにしていた事がバレてしまったといった感じの表情だった。

どんなに理由を付けて自分の考えを否定しようとしても、あの表情で全てが覆される。

俯く私に、フィービーちゃんがトントン、と机を軽く叩いた。


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そう言って彼女は「ほら!食べちゃおう!」と、私を励ますようにニッコリ笑ってくれた。

 

 

***

 

食事をしてからフィービーちゃんと探索に向かい、森の奥へ奥へと進むうちにあっという間に夜の二刻になっていて。

慌てて家に帰ると、ママが心配そうに玄関で待っていてくれた。

 

「シャノンちゃん、お帰りなさい」

「あ、……うん。ただいま」

 

だけど今はママの顔を見たくなくて、急いでダイニングへと向かう。本来ならば、陛下と恋人同士になれた事を一番に報告したかったはずなのに、今はとてもそんな気分にはなれなくて。

すると、ママが少し遠慮がちにまた声を掛けてきた。

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「………」

 

すぐには返事が出来なくて、涙が出そうになる。

ママが悪いわけじゃ、ないのに。

だけどどうしてもひとつだけ聞きたくて、少し寂しそうに笑って寝室に向かおうとするママを呼び止めた。

 

「あの、ね、……ママは、昔から……パパが好き?」

 

突然の質問の内容にママは少し驚いたようだけれど、すぐにふふっと笑って大きく頷いた。

 

「勿論。昔も今も、大好きよ」

 

その答えを聞いて、ママを一瞬でも疑ってしまった自分の考えに自己嫌悪に陥る。

ママはそれ以上何も言わないし、聞かれる事もなかったけれど、自分が情けなくて自ずと小さな溜息が溢れた。

 

 

翌朝、今年も騎士隊長を務めるママは仕事始めを迎える準備で忙しそうで。

少しだけ気まずさを感じながらも、いつも通りに朝食を終える事が出来た。

だけど、外に出るタイミングをどうしようか悩む。今出たら、もしかしたら陛下と鉢合わせするかもしれない。

流石にまだ、心の整理なんてついていなくて。

陛下にどんな顔をして会えばいいのか分からない。

ましてや、昨日の事を陛下自身に認めでもされてしまったら、今はまだ立ち直れる自信がない。

 

玄関先でウロウロしていると、ドアの外からママの楽しそうな笑い声が聞こえてきた。

気になってそっとドアを開けてみると、そこには陛下の姿もあって。

ドキリ、と心臓が大きく跳ねた。

 

……二人で、何を話しているんだろう。

 

気になって仕方がないけれど、今一番、出て行きたくない状態だ。こっそりとまたドアを閉めようとすると、そのドアをガバッと勢いよく誰かに開け放たれた。

 

「おはよう!シャノン!」

 

そう元気よく声を掛けてきたのは、同じ成人組で仲の良かったオリオール君だ。

 

「わっ……!ちょっ、オ、オリオール君っ……!」

 

慌ててドアの外に出される形でよろめく私に、オリオール君は、

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と、あろう事か、陛下の目の前でそう声を掛けてきた。

焦って思わず陛下の方を見ると、陛下は少し驚いた表情をしていたけれど、すぐにいつものようにふわりと優しく微笑んだ。

その笑顔に、いつもだったらどうしようもなくドキドキするのに、今日は目の前が暗くなっていくように感じて思わず俯いた。

陛下は、私が誰に声を掛けられても、きっといつもと変わらない。現に今だって、微笑みこそすれど、止めようとはしてくれない。

……なんだか急に、自分の存在が虚しく思えた。

それでも流石にこのまま一緒に出掛けるわけにもいかないので、「……ゴメン、また今度ね」と、オリオール君には曖昧に返事をして、陛下の方を見る事もなく逃げるように城内を飛び出した。

 

だけど飛び出してからすぐに、後ろを振り返る。

……もしかしたら、陛下が心配して追いかけてくれるかも、なんて期待してしまったからだ。

───でも、そんな事はなくて。

陛下にとって、所詮私は“ママの次”。

一緒にいたママを放ってまで、私の事を追いかけてくれるわけがない。

それに自分で陛下の前から逃げたくせに、追いかけて欲しいなんて虫が良すぎる自分の考えが恥ずかしくて、俯いたまま城下へ向かおうとすると聞き慣れた声に呼び止められた。

 

「シャノンちゃん、おはよう」

「……あ、パトリス君」

 

パトリス君も同じ成人組で仲が良かった一人だ。

だけどそのパトリス君が、なんだかいつもと違う様子で少しソワソワしている。

 

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そう声を掛けられて、つい「え?」と驚いてしまった。パトリス君とは確かに仲が良かったけれど、探索やハーブ摘みと違ってそういう風に二人っきりで出掛ける程では無かったからだ。

せっかく誘ってくれたのに申し訳ないとは思ったけれど、「ゴメンね、また今度」と言いつつ、少し気まずくて小走りでその場を去ってしまった。

 

なんとなく、みんな子供の時と誘う感覚が違うように感じて、少し寂しくなる。

子供の頃は、……あんなにみんなで走り回って遊んでいたのに。

 

しんみりしながらヤーノ市場まで来ると、元旅人だったドミニクさんに声を掛けられた。

 

「こんにちは、シャノンちゃん」

「あ、ドミニクさんこんにちは」

 

今日はよく、いろんな人に声を掛けられるなぁと思っていると……、
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急な誘いに驚いた。

それでも二人きりで出掛ける気は無かったので、丁重にお断りしつつエルネア波止場まで出ると、最近この国にやって来たベルナルダンさんに今度は呼び止められた。

 

「シャノンちゃん、こんにちは」

「あ、ベルナルダンさん!」

 

彼はこの国に来る前にプルト共和国に寄ってきたようで、よくママと一緒に彼からプルト共和国の話を聞いていた。彼は話が上手くて、聞いているだけで故郷が目に浮かぶようだわ、とママが涙ぐんでいたのを思い出す。

彼にまたプルト共和国の話でも聞いて気分を浮上させようと思っていると、f:id:akiyunohitorigoto:20180730233755j:image

思わぬ声掛けに思わず固まってしまった。

彼にも丁重にお断りをしたけれど、なんだか私の方が段々と落ち込んできた。

断るのって、とっても罪悪感を伴うからだ。

別に私が悪い事をしたわけではないけれど、二人っきりでとなると、それなりに仲の良い人でなければ出掛けられないと思ってしまうから、断るしかない。

それに子供の頃は感じなかったけれど、大人になるとなんだか男の人がガツガツ来る感じが少し怖くもある。

なんだか少し疲れてきて、散歩がてら畑に水撒きでもしよう、とテルジェフ家の農地に足を向けた。

 

農地に着くと丁度フランツ君の姿が見えて、なんだかホッとする。

フランツ君はよく、私が落ち込んでいる時に声を掛けてくれた優しいお兄さんだ。

今日もまた、「何かあった?」と小首を傾げて聞いてくれる。でも陛下との内容までを話すわけにはいかないと思い曖昧に笑っていると、フランツ君が「少し花でも見て癒されようか」と優しく笑った。

 

 

***

二人で幸運の塔までやって来て、マランダの花を見つめる。

鮮やかなこの花を見ていると、どうしても昨日の陛下の表情が浮かんで来て、視界がジワリと滲む。

フランツ君に見えないように、そっと目の淵に溜まった涙を拭うと、少し遠慮がちにフランツ君が私の顔を覗き込んで来た。

 

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一瞬驚いてフランツ君を見つめると、フランツ君が少し照れ臭そうに笑った。

 

「いや、その……、なんとなく、その人のせいで今、落ち込んでいたりするのかな、って」

 

まさに図星を指され、ドキリとする。つい焦って視線を彷徨わせていると────。

 

 

「シャノン」

 

 

───そう、後方からハッキリ私を呼ぶ声がして。

瞬時に声の主が分かって振り向こうとすると、左腕を掴まれクイッと後ろの方へと引っ張られる。

 

急な事に少し体勢を崩してしまい、後ろに倒れそうになった身体をそのまま抱きとめられた。

驚いて顔を上げると、やっぱりそこには陛下の顔が見えて鼓動が一際大きく跳ねる。

 

「え、陛……」

「すまないフランツ君。シャノンさんは返してもらうよ」

 

陛下が私の言葉を遮って、フランツ君にニッコリ笑って告げる。

フランツ君は呆然と私達の光景を見ていたけれど、すぐに慌てて「…あ、はいっ」と陛下の言葉に頷いた。

驚き過ぎて何度も瞬きを繰り返して陛下の顔を見る私に、陛下はニッコリ笑うとそのまま手を引いて歩き出した。

慌てて私がフランツ君にペコリと頭を下げると、握られている手がキュッと先程よりも強く握り返される。

驚いて陛下の顔を見上げると、陛下は一瞬目を細めてすぐに前を向いてしまった。

いつもと明らかに違う陛下の雰囲気に、焦りが生まれる。

 

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こんなにいつもと違う雰囲気を纏った陛下は初めてで────。

私は何も言葉が発せずに、陛下に握られた手を見つめていた。

 

9.過去と真実(シャノン編)

陛下に挨拶をした後、それでもまだ陛下と話していたくて、でも、何から話せばいいのか分からなくて目を泳がせていると、陛下がふわりと笑って私の頭をポンと撫でた。

 

「成人、おめでとう。……すまない、つい癖で」

 

陛下が私の頭を撫でる手を、少し苦笑いしながら引っ込める。

「ありがとうございます」といいつつも、その手はそのままでいいのに、と少し寂しくて陛下の手を視線で追った。

───その手に、ずっと触れられていたい。

もしもその手で、陛下が他の人に触れる事があったとしたら───、そう想像しただけで胸がギュッと苦しくなって、思わず縋るように陛下に懇願していた。

 

「……陛下、あの、二人で……今から出掛けませんか?」

 

私の言葉に、陛下は一瞬驚いたように目を見張ったけれど、すぐに私の大好きな笑顔で頷いてくれた。

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どうしよう、どうしよう、どうしよう。

ついに……陛下を誘ってしまった。

でも、ここまで来たら後戻りなんてもう出来ない。

ダメで、元々。

私は陛下が振り向いてくれるまで頑張るって決めたんだから……!

そう意気込んで、陛下と一緒に幸運の塔へと向かう。

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ここは告白スポットとして王国では有名な場所。

ここに連れてくるという事は、どういう事か陛下にも察しはついているはずで。

塔に着いて、陛下と並んで立つと一気に緊張で口が渇く。

それでも、私から長年の想いを伝えるって決めていたのだ。震える指先を隠したくて、私は陛下に貰ったクマのリュックの肩紐の端をギュッと握る。

すると陛下が、隣で幸運の塔を少し見上げるようにしながらふわりと笑った。

 

「マランダの花が綺麗だね」

「………」

 

私はそんな陛下の横顔をジッと見つめる。

子供の頃は見上げなければいけなかった陛下の綺麗な顔も、今ではこんなに近くで見る事が出来る。

目を細めて花を見つめる陛下の目に、私は───どんな風に映っているの……?

 

 

 

「…………好き」

 

 

 

無意識に、心の声が漏れていた。

陛下が目を見張って私の方を振り向く。

心の声が漏れ出ていた事に私自身も驚いて、つい「あっ……」と口元を手で覆った。

それでも顔が赤く染まっていくのは止められなくて、こんな状態じゃ誤魔化しようもない。いや、というより、誤魔化すも何も、私は陛下に想いを告げる為にここまで来たのだ。それならば、このまま潔く伝えてしまおう……!

そう思い、口元を覆う手を外してガバッと勢いよく頭を下げた。

 

「わ、私っ……陛下の事が、ずっとっ、ずっと……好きでした。今はまだ、成人したばっかりだし子供にしか見えないかもしれませんっ、でも、絶対、絶対振り向かせてみせますから…!だから、……だから私とお付き合いしてくださいっ……!」

 

……言った。

……言ってしまった。

頭まで下げる必要はなかったかもしれないけれど、私の告白に対しての陛下の表情を見るのが怖かったのもあって、中々顔が上げられない。

そして実際にはまだ伝えてから数秒しか経っていないのだろうけど、なんだかここだけ時間が止まっているかのように長く感じて、心臓の音が異常に耳に響く。

ここから逃げ出したい。

そんな臆病な考えが脳裏を過った瞬間───。

 

 

「……勿論、喜んで」

 

 

そう、私の大好きな人の声が耳に届いて、驚いて弾かれたように顔を上げる。

するとそこには、優しく目を細めて蕩けそうな笑みで微笑む陛下がいて。

一瞬にして、身体中が喜びに包まれる。

だけどすぐに、これは夢だろうかと思わず自分の頬をつねると、陛下がふはっと吹き出すように笑った。

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そんな事を陛下に言われて、私は目を見張る。

 

「え、陛下が、私に……?」

 

すると陛下は私の顔を覗き込み、ニッコリと笑った。

 

「勿論。あと、“陛下”はやめようか。名前で呼んで欲しい」

「えっ、で、でも、」

「ほら、呼んでみて」

「……っ」

 

陛下が楽しそうに覗き込む顔を近付けて来るので、恥ずかしさがピークに達した私は陛下の肩をグッと押し戻し、恥ずかしさを誤魔化すようにプイッと顔を少し逸らして腕組みをした。

それに、さっきから陛下には余裕があって、私にはまったく余裕がないのもなんだか悔しい。

陛下を少しでも焦らせたくて、わざと言いにくい事を要求してみる。

「ワ、……」

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だけど陛下を“ワイアットさん”と呼んだ時点で、自分の方が照れてしまい、でもそれを悟られたくなくて頑張って怒っている風を装ってみるも───、
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そう、陛下にふわりと優しく笑って言われるものだから、……やっぱり陛下には敵わない。

長年の片想いが、まさかこんなにあっさりと実ってしまうなんていまだに信じられなくて、つい隣にいる陛下をチラチラとみてしまう。

すると陛下が「ん?」と小首を傾げて私を甘い瞳で見て来るのでなんだか落ち着かなくて、ついどうでもいい事ばかりが口をついて出てしまう。

 

「陛…あ、ワ、ワイアットさんの、運命の人…は、私だって思っても、いいんだよね……?」

「運命の人?」

「あ、うん。前にマ…お母さんが言っていたの。ワイアットさんはまだ運命の人に巡り会えていないから結婚していないんだって」

「……マツリカさんが?」

 

そう、少し驚いたように聞いてきた陛下は、一瞬寂しげな瞳をしたかと思ったら、すぐにいつもの優しい笑顔で私に微笑む。

 

「……そうだね。シャノンさんが、僕にとって運命の人だ」

「……」

 

なんとなく、ほんの一瞬だったけれど。

女の勘というやつなのか、なんだか胸がざわつく。

ここで止めておかなきゃいけない。そう、頭の中で警告音は響くのに、胸のざわつきと嫌な予感で思考はいっぱいで。

その不安を拭い去りたくて、私の口は無意識に動く。

 

「……もしかして、陛下は……ママが好きだった……?」

 

無意識だったのでつい、子供の頃と変わらない呼び方で二人を呼んでしまった。

 

……お願い。お願い、違うって言って。

 

そう、祈るような気持ちで陛下を見る。

だけど陛下は────……正直で。

目を見張って私を見て、しばらく固まったように動かない。

その反応で、まだ何も言われてはいないのに……全てを察してしまった。

 

どうしよう、涙が出そうだ。

やっと、やっと陛下と両想いになれたと思ったのに。

 

───陛下はきっと、私とママを……重ねて見ている。ううん、私を通してママを見ているんだ。

 

だって。

旅人のママと、この国の王太子だった陛下は、どんなに想い合っていたって結ばれる事はない。

それは、この国では絶対で。

ふと、成人前に見た二人が脳裏に浮かぶ。

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あの時はとても楽しそうにしていて。だから声が掛けられなかった。

 

思い返せば、二人はいつも一緒で。

でも、ママはパパと結婚していたし、まさか二人の間に何かあるなんて、今の今までまったく思いもしなかった。

それに昔、陛下は騎兵の時に城下で一人暮らしを始めたと聞いた事があった。

隊長でもない限り王の居室からわざわざ引っ越さなくてもいいはずなのに。

そこまで勘繰りたくはないけれど、もしかして王族判定を抜ける為そこまでしたんじゃないか、なんて変に勘繰ってしまう。だけど陛下は王太子だから、そもそも王族から抜ける事自体が絶対に無理で。

 

でも、もし。それが真実だったとしたら。

 

そこまでして、ママと一緒になりたいと思っていたとしたら。

 

かつての二人の立場からしたら、その想いさえ伝え合う事も出来なかったはずだ。

 

つい数分前までは幸せの絶頂にいた気がしたのに、今は目の前が真っ暗で、奈落の底にでも突き落とされた気分だ。

 

───道理で。

陛下は私の告白を……あっさり受け入れてくれたわけだ。

 

陛下が私の表情を見て、ハッとする。

だけど何も、聞きたくないと思った。

もう、何も。

今にも涙が溢れそうになるのを必死に堪えて、私は慌てて頭を下げる。

 

「ごめんなさいっ!私、急用を思い出してっ!お先に失礼しますっ……」

「え、あっ、シャノンさん……!」

 

私は陛下に追いつかれないように、ずるいと思ったけれど転移石を使ってその場から瞬時に移動した。

“何”から逃げているのか分からないけれど、とにかく逃げなきゃと思った。

苦しくて、悲しくて。

バカな事を聞かなきゃよかったと後悔しても、もう遅い。

 

───私は今まで、陛下だけを見てきたつもりだったのに、

 

本当の事なんて、何も見えていなかった───。

 

 

8.成人式(シャノン編)

段々と、朝は寒くてベッドから出るのがキツイ季節になってきた。

それでも、もうすぐ一年の終わりが近付いていると思うと、ワクワクするような緊張で気が引き締まるような、なんともいえない変な気分だ。

今日も朝食を終えてから、私はこの間陛下にもらったお気に入りのリュックを背負い、家を出て一番に陛下の元へと向かった。

 

***

 

お昼は学校で今年最後の、いや、学生最後の授業を受ける。

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来年からはもう、この学舎にも通えないのだと思うと、なんだか寂しくて。

壁に描かれた落書きや、机や椅子、教卓や黒板を、忘れないように心のアルバムにしっかりと刻み込む。そこにはしっかりと、教師として授業をしてくれていた陛下の姿も刻まれていて。あっという間の三年間だったなぁと、脳裏にいろんな場面が映し出されてつい頬が緩んだ。

 

そして授業が終わると、私は友達の誘いも全て断って一目散にヤーノ市場へと走る。

 

……プレゼントだったら、やっぱりフラワーランドだよね。

 

ママやパパのお手伝いで貯めたお小遣いを握りしめて、ドキドキしながらお店の品物を眺める。

だって明日は、陛下の誕生日なのだ。

私のお小遣いではそんなに大した物は買えないけれど、それでもやっぱり陛下に何か形に残る物を贈りたい。

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本当は、私も南国の花束や香水を贈りたいのだけれど、子供には売ってもらえないのでどうしようもない。

うーん……、と軽く一時間くらいは悩んで、チラチラと南国の花束や香水、宝石の類と手元に決めたプレゼントを見比べては、小さく溜息を吐く。

だけどすぐに首を振って、陛下は値段とかで物の価値を決める人じゃない、と私はフラワーランドのお姉さんにお金を払ってプレゼントを受け取った。

 

***

 

翌朝、いつもより早起きをして陛下に貰ったリュックを背負う。

するとママが朝食にマナナサンドを作ってくれて、「シャノンちゃん、ファイト!」と応援してくれた。私はコクリと少し緊張した面持ちで頷いて、昨日ママに手伝って貰い刺繍を施したプレゼントを抱きしめる。

陛下、喜んでくれるといいなぁ……。

それに、今年は陛下にとっても特別な誕生日。

それは、第二の───成長の魔法が解ける日だからだ。

 

私は緊張しつつも陛下の居室をノックして、「……失礼します」と遠慮がちに声を掛けた。

すると、丁度ダイニングの方へと歩いてくる陛下と目があって、陛下がふわりと優しく笑った。

 

「おはよう、シャノンさん」

「お、おはようございます……!」

 

成長の魔法が解けて、今まで以上に陛下の笑みに深みが増した気がしてドキリと心臓が跳ねる。

陛下の優しげな表情にしばし見惚れていると、「どうかした?」と小首を傾げられたので、慌てて首を横に振った。

 

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勢いが大事だ!と、つい早口でまくし立てるように言ってしまい、少しだけ後悔する。

それでも陛下は、優しく微笑んで私の頭を撫でてくれた。深みを増した陛下の笑みに、どうしようもなくドキドキさせられる。

私はそれを誤魔化すように、急いでリュックからプレゼントを取り出した。
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やっぱり、というべきか、陛下は物凄く嬉しそうに受け取ってくれて、私も自ずと笑顔になる。

 

「あれ、しかもコレ……刺繍がしてある。シャノンさんが?」

「あ、はい!あまり上手くないので、陛下のイニシャルだけですけど……」

 

そう尻すぼみしながら告げると、陛下が嬉しそうに破顔した。

 

 

***

 

陛下の誕生日から、また穏やかに日は進み。

とうとう今年も、今日で終わりを告げる。

 

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陛下や沢山の友達、パパママに挨拶をして今年も終わろうとしていて。

思い返せば、今年も沢山の思い出の詰まった一年だったなぁって思う。

陛下には花束やいむぐるみ、クマのリュックまで貰って、本当にこの一年は私の宝物が沢山増えた一年だった。

だけど、ふと、クマのリュックを貰った時の陛下の寂しげな笑みを思い出して、なんだか少し胸がざわついた。でもだからって、その後陛下に特に変わった様子はないように思うけれど、

 

───……あの笑みの、意味は……?

 

家に帰って物思いに耽る私の肩を、妹のユフィが元気よく叩く。

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彼女は最近農場管理官ごっこをするのがお気に入りのようで、弟のクラウドまで巻き込んでいる。そのうち本気でミアラさんの水槽に変な魚を増やそうとしてるんじゃないかって、少し心配だ。

 

ベッドで寝る準備をする私の元へ、ママがいそいそと嬉しそうに近付いて来た。

 

「シャノンちゃん♪ジャーン!!これ、明日の成人式の時の服準備してみたんだけど、どうかしら?」

 

ママが嬉しそうに、私にワンピースを一着見せてきた。

 

「え!?ママ、これって……」

「うふふっ。そう!この国の国民服よ。可愛く子供用に仕立ててみたの!」

 

ママが無邪気にワンピースと一緒にクルクルと回る。

明日、成長の第一魔法が解ける日だ。

その後思う存分国民服は着る事が出来るけれど、みんなより一足先に着る事が出来るのが嬉しくて、私はママに抱きついた。

 

「ありがとう……!ママ!明日がすっごくすっごく楽しみっ!!」

 

私のはしゃぎように、ママも「シャノンちゃんも、とうとう成人かぁ」と、少し感慨深げに鼻声で私の事をぎゅっと抱きしめた。

 

***

 

翌朝、ウキウキと成人式の服に着替えると、同じく成人組のマイク君がクラウドに会いに来ていたようで、びっくりしたように声を掛けてきた。

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私がマイク君の前でクルクルと回って見せると、マイク君が「いいね、国民服!似合ってる!」とニカッと笑った。マイク君は山岳のシュワルツ家の長男だから、きっと一生国民服を着る事はない。

でも、少しヤンチャな彼には山岳兵の服がとても似合うんだろうなって、今から成人式がもっと楽しみになった。

 

朝食を済ませて少しソワソワしている私に、ママが大丈夫よ、と優しく声を掛けてくれる。

 

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今日こそ本当に、待ちわびた第一の成長の魔法が解けてしまう。

自分がどんな大人になるのか想像もつかなくて緊張してしまうけれど、やっぱり楽しみな事に変わりはなくて。

成人式が始まる前に、陛下に挨拶に行こうと私は家を飛び出した。

すると丁度陛下が居室から出てきたので、元気よく声を掛ける。

 

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陛下が小首を傾げて聞いてくるので、私は少し俯きながら「はい。……ちょっと緊張しちゃってて」と答えると、陛下が腰を屈めて私の顔を覗き込み、頭をポン、と優しく撫でた。

 

「僕も式に出るから大丈夫だよ。目の前でシャノンさんの魔法が解ける瞬間を、見る事が出来るのを嬉しく思う」

 

そう言って、陛下は朗らかに笑う。

その笑顔に、不思議と心は落ち着いていく。

陛下はすごい。

どんな時でも優しくて、その優しさがちゃんと相手の心に染み渡る。

でも、ちゃんと厳しさも兼ね備えていて、しっかり“自分”というものを持っていて。

だから常に、───憧れの存在なんだ。


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ついに成人式が始まった。

目の前で陛下に見られていると思うとやっぱり緊張してしまうけれど、勇気も貰える。

成人組の代表として私の名が呼ばれ、少し震える足を頑張って一歩前へと踏み出した。
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緊張で声が裏返りそうになりながらも、必死に、懸命に想いを言葉に託す。f:id:akiyunohitorigoto:20180727205832j:image

沢山の大人達に見守られながら、私達はここまで育って来れた。その感謝の気持ちが、少しでも多くの人に伝わるようにと想いを込めて言葉にする。

そして、今度は私達がこの国の子供達を守り、みんなで王国を守りながら発展させて行くのだ。
その決心を、この国の王である陛下へと誓う。
緊張しつつもなんとか言葉を紡いだ私を、陛下はチラリと見て笑みを深めた。
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その優しい笑みに、心が安堵で満たされる。

 

神官様が式の終わりを告げる言葉と共に、私達の身体は暖かい光に包まれた。

この国の成長の魔法は、全部で三回解ける日が来る。赤ちゃんから子供への成長が一番最短で解けるので、ゼロの魔法とされていて。

子供から大人へが第一の魔法。

そして、更にその先が第二の魔法だ。

光の暖かさに既視感を感じると共に、懐かしさも感じて、涙が出そうになる。

 

────私……本当に大人になるんだなぁ。

 

気が付いたら、視線の位置がいつもと違ってハッとする。

長い間光に包まれていたような気がしていたけれど、時間にすると多分数秒で。

慌てて自分の手足を見て、ペタペタと身体の線をなぞってみる。

 

私、私……大人になってる……!!!

 

高揚した気持ちのままその場で飛び上がりそうになって、だけどハッとして周りを見回す、と。

こちらを眩しそうに見つめる陛下と目が合った。

ドキン、と一際大きく心臓が波打つ。

 

陛下。

……陛下。

───陛下っ。

 

思わず涙が溢れそうになるのを必死に堪えて、ゆっくり陛下の元へと歩みを進める。

なんだか照れ臭くて、なんて声を掛けようか迷った挙句、やっと絞り出せたのは……、

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そんなありきたりな挨拶だった。

 

7.友人以上恋人未満(シャノン編)

あの日、仮面越しに陛下と話して以来妙に気恥ずかしくて、陛下と顔を合わせては挨拶はするものの、逃げるようにその場を去ってしまう状態で。

 

でもそんな私の態度にも、陛下は怒る事なく笑顔で対応してくれるから、余計に自分の態度が恥ずかしくなる。

まぁ、どんなに恥ずかしくても陛下に会いたい事に変わりはないので、相変わらず朝一番に会いに行ってしまうのだけど。

 

 

それから───、

星の日から2日後、我が家に新しい家族がやって来た。

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名前はシビルちゃん。

ママに似た真っ白なお肌の可愛い妹だ。

私も早く大人になったら抱っこしてあげられるのになぁって少しだけ残念に思うけれど、寝ているシビルちゃんを眺めているだけでも可愛いので、毎日話しかけてはそっと頭を撫でてあげる。f:id:akiyunohitorigoto:20180725203903j:image

 

そしてその後、ママは見事近衛騎士隊トーナメントで優勝して、来年も騎士隊長に就任する事になった。

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やっぱりママは強くてカッコイイなぁって憧れてしまう。勿論パパもとっても強いけれど、プルト共和国で鍛えていたママには敵わないと笑っていた。

でも、本当は知っているんだ。

パパは元々農場管理官だったけれど、森に討伐に向かうママが心配で、そんなママの事を側でずっと守っていたいから近衛騎士になったのだと、パパのお姉さんが前にこっそり教えてくれた。

だからかもしれない。パパがママと戦う時だけは、少しだけ力を抑えているように見えてしまうのは。

でも、そんな風にパパに思われているママは羨ましいなって思う。

 

私もいつか、陛下にとってそんな存在になれたらなぁ……なんて夢見ずにはいられないから。

 

***

 

学校が終わってから、みんなで幸運の塔の川のほとりまで向かった。

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ここは綺麗なお花が眺められるのと、大人達の告白の場としても有名な場所で、なんともロマンチックな場所なのでつい時間があるとここへと足が向かってしまう。

 

私もいつか……なんて妄想しては、つい顔がニヤける。

勿論陛下から誘われたいという願望はあるけれど、そんな大それた事を願うよりも、やっぱりここは自分から長年の想いを伝えてみたい。

 

───その時陛下は、どんな顔で私の告白を聞いてくれるんだろう。

 

そう思っては、不安と楽しみが半々、いや、不安の方がやっぱり大きいけれど、あと少しで告白出来るようになる自分の成人の日が楽しみでもある。

 

一人そんな妄想に耽っていると、後ろから聞きなれた大好きな人の声が聞こえてきて、嬉しくてパッと振り向いた。

 

……───あ。

 

そこにいたのは、大好きな大好きな陛下で。

でも、その隣には、楽しそうに笑うオクタヴィアさんもいて。

 

頭の中が、一瞬で真っ白になる。

 

───なんで?   どうして?   何してるの?───

 

そんな疑問符ばかりが脳裏を過って、それでも星の日に陛下に聞いた言葉を思い出して、なんとか自分で自分を落ち着かせようとするけれど、──ダメで。

 

不安でドクドクと心臓が煩く耳に響く中、ジワリと手のひらに汗が滲む。

それでも、そんな二人を見ているのがどうしても嫌で、グッと手に力を込めて二人に近付く。

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だけど精一杯の私の頑張りも、二人には気付いてもらえずそのまま二人は楽しそうにどこかへと行ってしまった。

呆然と二人の後ろ姿を見つめる。

 

……陛下は、花束を持っていた。それって……。

 

考えるのが怖くなって、必死に頭を振って“その”想像を頭の中から追い出す。

星の日に聞いた陛下の言葉を信じたい。

だけど、人の心なんて状況に応じて変化するもので。

オクタヴィアさんには恋人がいた気がしたけれど、私の勘違いだったのかもしれない。

……そう思うと、自然と目から涙がボタボタと零れ落ちてきた。

 

───……そうだ。

 

陛下は、“私が大人になったら”とは言ってくれたけれど、“待っていてくれる”なんて一言も言ってない。

それこそ、……私の勘違いだ。

 

***

 

一度家に戻って、部屋に飾っている陛下に貰った花束を眺める。

この花束は王家の温室で育てられているからか、不思議な魔法が込められていて一生枯れる事はない。

だから永遠の愛を誓う花束としても、恋人同士の間で渡すのが流行っているのだと聞いた。

だからこそ、陛下に貰った時……嬉しくて堪らなかったのに。

 

さっきオクタヴィアさんといた陛下が、花束を持っていた事が頭から離れない。

 

それは……陛下が貰ったの?

それとも……あげるの?

 

胸をギュッと鷲掴みされたように苦しくなって、また大粒の涙が溢れてきた。

だけど家にクラウドが帰ってきた声が聞こえてきて、顔を見られたくなくて私は急いで隣の王家の温室へと走った。

 

ここだったら、今の時間帯はきっと誰も来ない。

というより、ここは王家の人達しかほとんど出入りをしないので、今は陛下しかほとんど出入りはしていない。

 

視界の端に、陛下に貰った南国の花が見えて、服の裾をぎゅっと握りしめる。

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すると、後方でコツ──と靴音が聞こえてビクリと肩が上がる。

誰───、そう声に出そうとして振り返ると、そこには……今、一番会いたくない人がいて。

 

驚きと緊張で固まる私に、陛下が不思議そうに小首を傾げて聞いてきた。

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必死に涙が溢れないように陛下の顔を見つめるも、声を発したら涙も溢れてきそうで返事さえ出来ない。

そんな私を、陛下が少し心配そうな表情で覗き込んでくる。

 

「シャノンさん……?」

「………っ」

 

なんで、陛下は……ここに来ちゃったの……?

オクタヴィアさんとどこかに出掛けたんじゃ……なかったの?

 

私のささくれ立った心が、今口を開いたら陛下に八つ当たりしてしまいそうで、必死に唇を噛んで我慢する。

 

それなのに陛下は腰を屈めて私と視線を合わせ、少しだけ眉尻を下げながら私の頭を撫でた。

 

「……何かあった?」

 

陛下のその言葉で、私の涙腺はとうとう我慢の限界を迎えてしまい、ブワリと一気に涙が溢れて来た。

「えっ!え!?」と、慌てる陛下をそのままに、私はもう我慢する事をやめて思い切り泣き出した。

 

「へい、へいかがっ……!陛下がいけないんだもんっ……!!」

「えっ、待ってくれ、すまない、え??」

 

目に見えて陛下は慌てだし、それでも私の涙を優しく指で拭うと「取り敢えず、一度落ち着こうか」と、私の背を優しく押して外へと誘導してくれた。

 

***

 

気が付くと、私は陛下の居室のソファに座っていて、手にはホットチョコレート

家ではマグカップだけれど、今は気品溢れるデザインのティーカップに入れられている。それをコクリと一口飲むと、ふんわりと優しい味がした。

 

飲み終わったティーカップをテーブルにコトリと置くと、陛下が優しく目を細めて近づいて来た。

 

「落ち着いた?」

 

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そう言って、陛下は私の隣へと腰掛ける。

隣に座られる事にも勿論緊張するけれど、それ以前にとんでもなく恥ずかしい姿を陛下の前で晒してしまった、と私は後悔に俯きながら「……すみません」と、小さく呟くように声を漏らした。

 

「いや、それよりも、僕はシャノンさんに何かしてしまった?すまない、原因が思い当たらなくて。嫌な思いをさせてしまったのなら謝りたいのだが、教えては……もらえないだろうか?」

 

陛下の悲しそうな表情に、胸がズキンと痛んだ。

陛下は……何も悪くない。

それなのにこんな表情までさせてしまって、申し訳なくて俯きながらギュッと目をつぶった。

 

「……違うんです。陛下が……陛下は、オクタヴィアさんの恋人なの……?」

「え?」

 

陛下の驚く声に一瞬耳を塞ぎたくなったけれど、グッと堪えてゆっくり目を開ける。

ここで逃げても、現状は何も変わらない。

それならば、笑顔で祝福までは出来なくても、最後まで陛下の言葉を聞いてそれから「おめでとう」ぐらいは言いたい。

そっと陛下の方へと視線を向けると、そこにはキョトンとした表情の陛下がいて。

思わずえ?と口を開けると、陛下が小首を傾げた。

 

「オクタヴィアさん?どうして?彼女は同級生の恋人がいたと思うけど……いや、年下だったかな?」

 

陛下の言葉に、今度は私がポカンとする番で。

 

「え、だって……今日、幸運の塔で陛下が花束を……」

 

ポカンとしたのも一瞬で、今日の出来事を思い出しながら眉尻を下げつつ陛下を見ると、陛下は「あぁ」と、何かを思い出したように頷いた。

 

「あれは恋人に贈る手作りの花束に、永遠に枯れない魔法をかけてほしいってお願いをされてね。王家の温室に王家の人間が花束を置けば、自然と魔法はかかるんだ。そしてその花束に幸運の塔の花を混ぜたいって依頼されたから手伝っていたんだよ」

 

陛下の言葉に、今度こそ本当にポカンとしてしまった。

 

え……、じゃあ、私の早とちり……!?

 

呆然とする私を見て、陛下が少しだけ口の端を上げ横から顔を覗き込んでくる。

 

「もしかして、オクタヴィアさんと恋仲だって勘違いして、僕はシャノンさんの中で嘘つきになっていた?」

「え……だ、だって、あんな場面っ」

「ふーん、へぇ、そう」

「だっ、だって、陛下はオクタヴィアさんと仲が良かったし……!」

「そうだね、友人だからね」

「ティ、ティルアさんとだって同じくらい仲良いし……!」

「おっと。もしかしてティルアさんの事も疑ってる?彼女、最近奏女やめたのに気付いた?」

「え……」

 

私が一気に青ざめると、顔を覗き込んでいた陛下が顔を逸らして吹き出した。

 

「ふっ、……ククッ、ハハハッ!違うよ、彼女は“恋人”と結婚する為にやめたんだ。勿論、相手は僕じゃない。ティルアさんも友人の一人だよ」

 

陛下の言葉に、今度は一気に顔が真っ赤に染まる。

つい勢いで、ティルアさんの事まで口にしてしまって、これじゃ私が常に陛下の事を追いかけている事がバレバレだ。

 

でも、同時にホッとする。

オクタヴィアさんやティルアさんは、別に恋人がいて。陛下も二人は友人だと認めてくれた。

 

………じゃあ、私は───?

 

私は、陛下にとって……どんな存在?

 

いまだに目尻の笑い涙を拭っている陛下を、隣からジッと見つめる。

 

「じゃ、じゃあ、」

 

意を決した私の言葉に、陛下は「うん?」と小首を傾げてふわりと優しく笑ってくれる。

ドキドキと心臓は煩くて、顔がまだ赤いのも承知だ。それでも、今、───聞いてみたい。

 

「わ、私は……陛下にとって、友人に、なれてますか……?」

「………」

 

私の言葉に、陛下は一瞬ハッとした表情をする。

けど、すぐにふわりと優しく微笑んだ。

 

「勿論。……僕にとっては、特別な存在」

「え?とく、べつ……?」

「そう。はい、後ろ向いて」

 

くるりと陛下に背を向けさせられて驚いていると、何かを肩に掛けられる。

え?と思い後ろを振り向くと、背中に可愛いクマのリュックがチラリと見えた。

 

「え、これ……」

「特別な証。そうだな……シャノンさんは、友人以上、恋人未満ってところかな?」

 

ニッコリ笑う陛下に、ドキドキと胸は高鳴って。

これって、……これって、少しは他の人達より陛下と仲良しだって思ってもいいの……?

 

嬉しくて、でもドキドキし過ぎて「……ありがとうございます」と、更に顔が赤くなるのが止められなくてつい俯きながらお礼を言ってしまった。

するとポンポン、と陛下がお決まりのように私の頭を撫でてくれる。それが嬉しくてゆっくり陛下を見上げると、何故か一瞬、──寂しそうに陛下が微笑んだ。

 

 

「───僕にとって、……は……特別なんだ」

 

 

陛下がボソリと呟くように言ったので、よくは聞こえなかったけれど、なんだかその寂しそうな顔が妙に心に引っかかった────。

6.魔法と仮面と(シャノン編)

陛下に花束を貰ったあの日から数日が経ち、私と陛下の距離は少しずつだけれど近付いているような気がして、今日も私は朝早く太陽が昇る前から陛下の元へと駆けて行く。

 

「……失礼しまーす」

 

返事がないのをいい事に、私はこっそり陛下の寝室へと向かう。

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……ダメだとママには言われるけれど、自分でも分かっているけれど。

 

こっそりとまだ眠っている陛下の寝顔を盗み見て、煩くなる自分の心臓を抑えるようにそっと胸を抑えた。

 

───陛下は大人で、この国の王様で。

 

私なんかがこんな簡単に近付いてもいい人ではない事くらい分かってはいるけれど。

 

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でも。

それでも───。

陛下は私なんかが相手でも、ちゃんと自分の想いを真剣に伝えれば、一緒に出掛ける事を約束してくれた、とっても優しい人。

 

約束してくれた日の陛下の笑顔を思い出して頬を緩めていると、少しだけ陛下の眉が動いたので慌てて逃げようと背を向ける、も───。

 

「……こら」

 

ポン、と頭を背後から一撫でされて、ギクリとその場に固まってしまった。

 

ど、どうしよう……!

勝手に寝室に上がり込んでいた上に、寝顔までこっそり見ていたなんて絶対怒られちゃう……!

 

背後でベッドから身体を起こす衣擦れの音が聞こえて思わず肩をすくめると、クッと陛下が小さく笑った。

 

「おはよう、テルジェフ家のおてんば娘」

「……!!」

 

一気に自分の顔に熱が集まるのが分かる。

くるりと陛下の方を向いて勢いよく頭を下げたけれど、恥ずかしさについ「ぉは、ょうございます…っ」と声が裏返ってしまった。

 

少し吹き出すように笑った陛下は、ポンポンと私の頭を撫でてから、スタスタと隣を通り過ぎダイニングへと向かう。

その背中を視線で追っていると、不意にこちらを振り向いた。

 

「これから朝食なんだ、一緒にどう?」

 

陛下が少しだけ意地悪く口端を上げてニッと笑う。

私が朝食も食べずに陛下の元へと来た事はバレバレのようで、恥ずかしさで顔から火が出そうなくらい熱くなった頬を両手で抑えつつ、私は俯くようにフルフルと小さく首を横に振った。

 

 

***

 

あの花束の日を境に、陛下はよく私に話しかけてくれるようになった。

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時々ママやパパと探索に向かい、そこに陛下を誘う日もあって。

 

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そうして春が過ぎ、夏になり。

ママの試合やパパの試合の応援に大忙しの毎日も楽しく過ぎ、あっという間に秋が来た。

 

───私が“子供”で居られる時間もあと少し。

 

前までは早く大人になりたいと願わずにはいられなかったけれど、こうして日々が瞬く間に過ぎていくと、“子供の自分”とサヨナラするのがちょっぴり寂しくもある。

 

───そう。“サヨナラ”だ。

 

その言葉通り、この国には遠い昔から大掛かりな魔法がかけられていて、この国で生まれた人は皆、ある日を境に一気に姿が変わる。

 

それが────……成長の魔法だ。

 

この国の子供は成人式を迎えるその日まで、身体が子供のまま成長する事は無い。

だから私のように成人女性と変わらない年齢でも、成人式を迎えていなければ子供の身体のままなのだ。

それはその魔法が、成人式と共に解けるようになっているからだ。

 

この国には昔から魔物が多く、魔法は子供を魔物から守る為なんだと以前ママに教えてもらった時は、なんでそんな余計な魔法があるんだろうって思わずにはいられなかったけれど。

 

学校に行くようになり、勉強するようになって、沢山の大人の人達によって、私達子供はいつも守られている事に気付かされた。

 

そしてもうすぐその魔法が解かれるという事は、今度は私が子供達を守る大人側になるという事で。

 

だから成人の日を迎える事が少しだけ怖くもあるけれど、それ以上に誇らしくもあって、今はこの国に生まれてこの国の魔法に守られていて良かったなと心から思える。

 

***

 

 

────そして今日は、子供の時ならではのイベントが体験できる星の日。

 

あの後陛下の居室から急いで自宅へと戻り、ママにガミガミ怒られながら朝食を摂って仮面を付けて外に出た。

 

この仮面を付けられるのも、今年で最後だ。

 

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この日はみんな仮面を付けていて、誰が誰だか分からない。だからこそ、なんだか凄くワクワクする。

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そして仮面を付けているからか、なんだか少しだけ気持ちが大きくなった気がして、エナ様のフリをして沢山の大人達に堂々とお菓子をねだる事が出来るのだ。

 

王国中を歩き回ってお菓子を貰い、綺麗にふわふわ浮かぶワフ虫を眺めて、心の底から楽しいなって思う。

 

みんなと走り回って噴水広場まで来ると、ウィアラさんのお店へと入って行く陛下が見えて、陛下にもお菓子をねだっちゃおう!とワクワクしながら後を追った。

 

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陛下は私よりもうんと年上のはずなのに、なんだか焦って首を振る姿が可愛く見えて、思わず笑ってしまいそうになるのを必死に堪えて陛下に手を伸ばす。

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こんなに大きな声で笑い声をあげる陛下を見た事が無くて、驚きつつも嬉しくてつい調子に乗って更にコチョコチョしていると、陛下が目元に滲む笑い涙を拭いながら、私の頭をポンポンと撫でた。

 

「すまない、これで許してはもらえぬか?」

 

そう言って陛下が私の手のひらに、ぽんっといむぐるみを乗せてきた。

 

「わぁーー!!いむぐるみだぁ!!ありがとう!陛下!!」

「どういたしまして」

 

つい嬉しくていつもの調子でお礼を言った後に、エナ様に変装しているつもりなのを思い出してハッとすると、更に陛下が大声で笑い出した。

単純な自分が恥ずかしくて、仮面の下でつい頬を膨らませながらプイッと顔を逸らす。

 

「仕方がない、これで我慢するのじゃっ」

 

私の返事に陛下はまだ笑っていたけれど、「そうか、それは助かる」と楽しそうに頷いた。

 

すると陛下の側に、とても綺麗な黒髪の女性が近づいて来た。

 

……オクタヴィアさんだ。

 

彼女もまたティルアさんと一緒で、よく陛下といるのを見かけていた。

だけど確か、オクタヴィアさんには付き合っている男性がいたはずだ。

……“だから陛下には声をかけないで欲しい”なんて、私のワガママにも程がある。

だって陛下には、陛下の付き合いがあるのだから。

私、心が狭いなぁ……なんて思いながら、二人が楽しそうに歩いて行くのをただぼんやりと眺める。

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だけどすぐに、今を楽しもう!と気分を切り替えた。そして少しだけ、グッと両手に力を込めてウジウジしていないで頑張ろう!と自分で自分にガッツを入れる。

 

よし……!と気合が入ったところで、私は陛下達に背を向けてエナの子コンテストの会場へと向かって走り出した。

 

***

 

夕方……といっても、星の日はどの時間も空が暗いのでずっと夜のような感じだけれど、そろそろ帰ろうと城の船着場に着くと、丁度帰ろうとしている陛下と鉢合わせた。

 

なんとなく普通には声がかけ辛くて、仮面をクイッと深めにかぶり直す。

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陛下の柔らかな笑みに、さっきまで無理矢理気にしないようにしていたささくれ立った心の一部分が、スッと消えてなくなっていくような気がした。

 

───今なら。

今なら、この仮面があれば、……聞けるかもしれない。

 

ドキドキと緊張で、指先が少し震える。

仮面の下でゆっくりと深呼吸して、もう一度仮面を深くかぶり直す。

 

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緊張で口がカラカラに渇く。

 

……大丈夫。

仮面をかぶっているのだから、私だって事はきっとバレていないはず。

 

聞きたくても、ずっと怖くて聞けなかった。

面と向かって聞いてしまったら、ショックの色が隠せない気がしたから。

 

でも、今なら。

 

仮面越しに陛下の顔をチラリと見る。

すると陛下は少しだけ困った表情をしてから、ジッと私の方を見てゆっくり首を振った。

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陛下の返答を聞くなり、思わずそう口にしていた。

恥ずかしくて、ついエナ様を装ったように偉そうに言ってしまったけれど、でももう引っ込みも付かなくて。

この場から逃げ出したいような心境に陥りながらも、ドキドキと煩くなる心臓と共に陛下の言葉を待つ。

すると、陛下がふわりと優しく笑った。

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思わず陛下の言葉に嬉しすぎて飛び跳ねてしまい、その場で陛下に抱き着きたい衝動に駆られるも、なんとか踏みとどまって「絶対、絶対約束だよ!」と念押しすると、陛下がコクコクと頷きながら我慢しきれないというように、ふはっと突然吹き出した。

 

「……?」

「すまない、言葉に嘘はないのだが、シャノンさんがあまりにも素直過ぎて、可愛いなぁと」

 

口元を拳で覆って、笑いを堪えるように言う陛下の言葉に一瞬ポカンとしてしまったけれど、私はすぐに自分の大きなミスに気付いて耳の先まで一気に真っ赤に染まる。

 

わ、私だって事が、陛下にバレてる……!!

いや、違う……私がつい、陛下が“シャノンさん”って言っているのに気付かないで返事しちゃったからだ……!

 

穴があったら入りたい、とは正にこの事で。

既に仮面を付けている事はもう無意味だと分かっていても、私はもう一度深くかぶり直して「し、失礼しますっ」と、その場から逃げるように立ち去った。